医界寸評
昨年、岳父が亡くなった。実父は急死、母、義母健在、初めての闘病死を経験した。実の父親ではないのであまり口は挿めなかった。治療、転院、在宅療養などの問題に家族の苦悩は他人には計りしれないものがある。ある委員会で「看取りなど生と死への関わり方」についてあれやこれやと討論したことがある。自分の中では「無駄な延命治療はしないでおこう」という結論にはなっていたが、いざ身内が当事者になった時(生前の話し合いで母、妻は無駄な延命治療を拒否)、自信がない。自分の場合と家族の場合では違うのである▼今年になって2回涙を流した。1回目は僕の好きな「探偵ナイトスクープ」の構成者でもあった百田尚樹氏の『永遠の0』を読み、映画を見たときである。「いかなる時代でも、自分が死んだ時、悲しむ人がいる限り命を粗末にしてはいけない」ということを戦争をとおして訴えたかったのだと思う。2回目は「『たかじん』が死す」の報を聞き、唄を聞いた時である。35年以上前からファンで「夢いらんかね」「未練」などが好きである(『僕の既往歴』参照)。僕の好きな「浮浪雲」も「たかじん」も本業と大きく違う一面があるのが魅力であろう。敵も多いだろうが僕は好きだった。これから「桂のたかじん」と名乗ろうか?!▼「誕生」もあった。3人目の孫である。「幸せ!」(玲奈))