医界寸評  PDF

 権利には義務が伴う。よく使われる言葉である。義務の代償として権利があるわけではないが、今は権利ばかりを主張して義務を負おうとしない人が増えているように思う。国は税金を集めている以上は、国民に最大限の幸福を与える義務があるだろう。もちろん最大限の幸福を与えるために増税などの負担を強いることも必要だが、もっと国民に説明し説得する必要がある。

 このコラムに書く必要もないことだが、最近(昔から?)の政治家などの国を動かす人々は自分たちの利益を最大限にすることしか考えていないように見える。マスコミも報道の自由という権利を主張するのならば、それにみあう義務を果たさなければならない。他人の規範となるべき者がこれでは、一般の国民が権利ばかりを振りかざすようになるのは当たり前のことかもしれない。

 「インフォームドコンセント」(以下IC)という言葉が声高にいわれるようになって15年になる。ICで患者は幸せになれたのかを検証する必要があるのではないか。先ほどの権利と義務でいえば、権利が例えば自己決定権だとすると、自分の疾患を理解することは患者の義務だと思う。しかし、多くの患者はそこまでの自覚はなく、決定を委ねようとする。パターナリズムは本当に悪いことなのだろうか?厳密なICをしない患者の自由も必要なのではないか。(内)

ページの先頭へ