続 記者の視点16
扶養義務の運用強化は悲劇を招く
人気お笑い芸人の母親が生活保護を受けていたことに関連して、テレビや週刊誌を中心に異様な生活保護バッシングが続いている。
厚労省は生活保護にかかわる親族の扶養義務の運用強化を打ち出したが、そうした方向は様々な悲劇を招き、家族・親族の関係をかえって引き裂く。医療や介護にも大きな影響が出る。
まず扶養義務とは何か。民法は、夫婦の相互扶助義務と、直系血族・兄弟姉妹の扶養義務を定めている。それ以外の3親等内の親族が扶養義務を負うのは、特別の事情があり、家裁の決定を経た時だけだ。
そして通説でも判例でも、夫婦間と、未成熟の子に対する親の扶養は強い義務だが、それ以外の直系血族・兄弟姉妹は、自分の社会的地位にふさわしい生活を成り立たせたうえで余裕があれば援助すべきレベルにとどまる。
次に生活保護法を見よう。4条2項は、民法上の扶養義務者の扶養は、保護に優先すると定めている。「優先」というのは、親族の援助があればその分、保護費の給付を減らすという意味だ。4条1項が資産・稼働能力などの活用を保護の「要件」にしているのとは違う。
経済力のある扶養義務者がいるだけで保護を受けられないわけではないし、本人が親族に援助を求めることが保護の前提条件でもない。保護の申請後、福祉事務所は扶養義務者に援助の意思を照会するが、できませんという答えなら、それ以上求めないのが従来の運用だ。
同法77条には、保護の実施機関は、扶養義務者から保護に要した費用を徴収できる、協議が整わない時は家裁が金額を定める、という規定があるが、めったに使われてこなかった。
親族がよほどの高額所得者や資産家なら、77条による費用請求はあってよかろう。しかし強い援助要請や費用請求を一般的に行うと、大変なことになる。
今でも扶養照会は、保護申請の重大なハードルになっている。扶養照会によって、生活困窮という“恥”を身内に知らせ、困惑させることになるからだ。
それが任意の援助の打診だけでなく、強制に近い形で身内に金を出させることになれば、現実に金銭的迷惑をかける覚悟をしないと申請できない。自殺、餓死、ホームレスが確実に増える。
親族側では、十分な余裕がないのに援助を強要されると、実所得が減り、貧困が拡大するおそれがある。本意でないのに金を出さされたら、人間関係は一気に悪化する。
そして年金の少ない老親も、病人も、障害者も、身内に金銭的負担をかける迷惑な存在になってしまう。生存権は危機にさらされ、共生社会どころではない。
親族間の扶助は、余裕がある場合の任意の援助でよい。むしろ民法を改正して、成人した直系血族や兄弟姉妹の扶養義務を縮小すべきだろう。