続 記者の視点12
自殺対策の基軸を社会経済に移そう
読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平
日本で自殺が一気に増えたのは1998年。昨年の暫定値(警察庁)は3万584人で、2年続けてやや減ったものの、なお3万人台が14年間も続いている。対策の効果が明確に表れたとは言えない。
政府は今春、自殺総合対策大綱の見直しを行う。
この際、対策の基軸を精神保健から社会経済に移すこと、そして、自殺が増えた根本原因は何かを考えることが重要だと思う。
もともと対策の中心は精神保健だった。自殺を図る人の多くは、うつ病などに陥っており、適切な精神科医療で防げる場合が多いという認識に立っていた。
WHO(世界保健機関)による自殺予防の手引き(2000年)が「自殺者の80〜100%が生前に精神障害に罹患していた」としたことが主な根拠だった。
そして、うつ病の普及啓発によって精神科の敷居は低くなり、受診者が大幅に増えたのだが、自殺は減少に向かわなかった。
06年に成立した自殺対策基本法に基づき、07年に閣議決定された自殺総合対策大綱は、対策のあり方の軌道修正を図った。
基本的考え方のトップで「社会的要因も踏まえ、総合的に取り組む」としたのは、失業、生活困窮、借金苦、介護疲れといった現実的問題への対策も重要だという趣旨だった。
総合的な生活相談、法律相談、中小企業向け経営相談、スクールカウンセラーの充実などの施策を示し、駅ホームの設備など直接的な防止策の強化も挙げた。
とはいえ、その後も現実の取り組みの中心は精神保健だった。今回の大綱見直しでも、精神保健対策の強化を求める人たちがいる。
確かにうつ病や統合失調症などが自殺に直接つながることはある。しかし98年以降に大幅に増えた自殺の原因・動機は経済・生活問題であり、性別・年齢で見ると30代から60代前半の男性だ。
経済・生活問題から、うつ状態になることは多いだろうが、そういう場合の精神科医療は、いわば「対症療法」であって、根本的な問題解決はできない。
抗うつ薬は副作用で自殺や攻撃の衝動を招くこともある。睡眠薬が自殺の手段になる場合もある。
自殺を考えている人への危機対応や未遂者・遺族の心理ケアは重要だが、精神科医療に過大な期待を抱くべきではないし、限界とマイナス面も認識すべきだ。
では、根本的な原因と対策は何だろうか。
「生きづらさ」「生き苦しさ」をもたらし、この世から逃げたいという心境に人々を追い込んだ主たる背景は、使い捨て労働の広がり、過剰な競争主義、社会保障の不備ではないか。
長年勤めてもリストラされる、正社員もこき使われる、代わりはいくらでもいる、就職活動をいくらやっても採用されない、というのは、自分の存在価値を否定されるのに等しい。この状況が続けば、若い世代の自殺も増えるだろう。
何よりも雇用・労働政策を改めること。そして手を差し伸べる社会保障・福祉、孤立を防ぐ人のつながり、苦しい時は他人や社会に頼ってよいとする価値観の普及などに力を入れたい。