私のすすめるBOOK
奥深き数学ワールドへの誘い
ここ数年来、数学書ブームとのことである。その背景としては、社会の様々な要因が挙げられている。分数計算のできない大学生、若者の理数離れ、またインド式2桁九九、金融工学、現代数学…等々。一方、私の関心事は現代数学がさっぱり分からない、一体、数学者は何を考えているのか?という多くの素人に共通する思いであった。集合論や群論、数学的帰納法は何か胡散臭い…こんなモヤモヤを払拭してくれたのが本書であった。
全く異なる発想から生まれた「パスカルの三角」と「二項定理」の計算が、実は同じパターンの作業であると発見するのはどんなに優秀なコンピュータでも不可能で、人間の精神作用のみが可能ならしめると著者は説く。そしてやはりコンピュータが苦手な無限級数や無理数に立ち向かう数学者自身が感じている気持ち悪さ、それを乗り越えて導き出された数式の美しさ・奥深さへの共感が素直に述べられている。完全には証明しきれない何かが残る時、近代から現代の数学者はその問題をどう解決したのか?
と言って、本書に難しい話は何もない。「パスカルの三角」を軸に何気ない我々(著者)の日常の発想をスルスルと読んで章を重ねて行くと、目の前に広大で穴のない「パスカルの半平面」が鮮やかに広がってくるのである。この運びは巧みに計算されており、乗せられた! と思ってしまったが、この思考展開こそ現代数学の醍醐味で、私にその一端を垣間見させてくれたと納得した
。
最終章では、9がどこまでも続く無限大数が実はマイナス1(の近似)であることが示される。全く考えたこともない発想であるが、果たして本当なのであろうか? 読んだ直後、私の脳髄には光速より速く飛んで行く足し算の桁の繰り上がりが光円錐の外側(宇宙外)に拡散して行くイメージが広がった。皆さんはどうお感じですか?
中公新書には同じ著者による『物語数学の歴史』『ガロア』がある。こちらの方から数学ワールドに入って行くのも一興である。
(中西・鈴木 卓)