裁量権逸脱した行政の取消処分は違法「溝部訴訟」勝訴で報告集会
「溝部訴訟」勝訴報告集会が7月2日、新大阪チサンホテルにて開催され、17都道府県から54人が参加、東京高裁判決の意義を学んだ。「指導・監査・処分取消訴訟支援ネット」と「保険医への行政指導を正す会」が共催した(京都府保険医協会は「支援ネット」の加盟団体)。集会では、溝部医師の代理人の石川善一弁護士が「保険医登録取消処分等における行政庁の広範な裁量権との闘い」と題して講演。また、溝部医師が挨拶した。なお、資料の冒頭に京都協会・関理事長のメッセージが掲載された。
勝訴報告集会で挨拶する溝部達子医師
絶大・広範な行政庁の裁量権との闘い
「溝部訴訟」とは、「無診察投薬」を理由に、約41万円が不当・不正請求に当たるとされ、05年11月に保険医療機関指定取消・保険医登録取消をされた甲府市のみぞべこどもクリニック及び溝部達子院長が、05年11月、甲府地裁に対して執行停止の申し立てと取消請求訴訟を提起したもの。
06年2月、甲府地裁は取消処分の執行停止を決定、国側が控訴を断念したため確定していた。一方、取消処分の取消請求訴訟は10年3月甲府地裁において、「(行政の)裁量権の範囲を逸脱したものとして違法となり、取消を免れない」として溝部医師側の訴えを認めた。国は控訴したが、11年5月31日、東京高裁は一審を支持、国の控訴が棄却されて勝利し、国の上告断念により6月15日に確定した。行政に裁量権の範囲の逸脱があったことが認められ、取消処分を取消すことが確定したのは、日本で初めての画期的、歴史的判決となった。
石川弁護士は、保険医療機関等の処分を審議する地方社会保険医療協議会の公益側委員に就任していたが、保険医の人権を無視した行政庁の横暴を知り、委員を辞任して聴聞の時から溝部医師の代理人となった。
石川弁護士は冒頭、「裁判を通じて保険医療制度の世界を知れば知るほど、絶大・広範な行政庁の裁量権に比べ、処分を受ける側の権利が不明確な点において、こんなに遅れた世界があるのかと思った。溝部訴訟とは、この絶大・広範な行政庁の裁量権との闘いだった」と述べた後、溝部医師の個別指導選定から取消処分に至る経緯について説明した。
そして、(1)健康保険法第80条、81条において保険医療機関及び保険医の取消権限が規定されており、その権限が地方社会保険事務局長(現在の地方厚生局長)に委任されているが、その運用は内部通達に過ぎない保険局長通知の別添「監査要綱」により行われている、(2)療養担当規則違反、故意の不正・不当な診療・請求(例え1件でも該当)、重大な過失からしばしば行った不正・不当は、取消処分の対象とされるが、あまりに要件が広すぎ、基準が曖昧であるし、誰を選ぶか行政庁の裁量に縛りがない―と問題点を指摘した。
東京高裁判決(11年5月31日)の意義
本訴訟では、(1)取消処分の前提とされた事由が全て認められるか、(2)取消処分は、平等・比例原則に反する違法なものではないのか、という実体上の適法性について主に争われた。
このうち、(1)については、甲府地裁判決で国側の主張を認めていた「非対面処方」事例のうち、患者の陳述書など対面診察をした証拠を提示した複数の事例について、国の主張を退けた。また、甲府地裁判決で「不当検査」とされた1シーズン3回目のインフルエンザ検査についても、「不当検査と認めるに足りる証拠がない」とした上に、溝部医師が調書で不当と認めたサインも行政の誘導でなされたと認定、国の主張を退けた。
さらに、(2)については「不当・不正とされた請求のいずれも患者の希望や要請に基づき、患者のために行われている」、「金額が多額でない」、「個別指導を行った上で経過観察または再指導などの方法を採ることや、監査しても他の措置(注意・戒告)を行うことも十分可能であった」ことから考えても、「取消処分は、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、(行政の)裁量権の範囲を逸脱したものとして違法となり、取消を免れない」とした。
つまり、東京高裁判決が確定した意義は、(A)取消処分は監査要綱の基準の他に諸事情を考慮すべきこと及び「違反行為の内容に比して」判断することを明示した、(B)不当検査等の取消事由の証明責任は国が負うことを認定した―の2点にあるとした。
行政の裁量権は憲法に適合した限定解釈が必要
裁判を通じた考察として石川弁護士は、取消処分の立法政策が、「大日本帝国憲法」の下、昭和17年2月の改正健保法から基本構造が改正されていないことを指摘。裁判所は「日本国憲法」の「法の支配」の下、一切の法律、命令、規則または処分について、憲法に適合するように解釈・適用するとともに、そのような解釈・適用ができない時は違憲無効の判断をするべきだと主張。憲法13条の幸福追求権に基づき、人権の制約は必要な最小限であることが要請されるため、行政庁の不利益処分は比例原則に基づく必要があるとした。
しかし現在、全国の保険医はいつ、指導・監査で療養担当規則違反を指摘され、取消されるか分からないという、恐怖の行政下に置かれ続けている。この状況による「制度的病理現象」として、指導医療官や事務官の収賄事件が起こっている。そのため、「日本国憲法」に適合した限定解釈が必要だと重ねて主張した。最終的には法律・通達等の改正により、行政庁の裁量権の範囲自体を限定することが、一般的な事前予防(保険医と患者の権利を守ること=法律により行政を縛ること)になるとして、全国的な運動団体の働きかけに期待を述べた。
後世に残る画期的・歴史的判決に誇り
溝部医師は挨拶の中で、「この判決は後世に残り、行政訴訟で闘う保険医を有利に導く判例となる。また、保険行政に苦しむ全国の保険医に勇気を与えるものになると思う」と述べた。
(手前右から)溝部医師、石川弁護士、
(後ろ右から)垣田副理事長、支援ネット・高久代表