続・記者の視点(4)  PDF

続・記者の視点(4)

助け合う社会へ作り変える

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

 「がんばろう」が多すぎてへきえきする。「日本は強い国」とか「日本の力を信じてる」というのは、いったい誰に向けたメッセージなのだろう。被災者には「がんばらなくてい〜イノシシ」と言いたくなる。

 必要なのは、努力を促す言葉や自己満足の標語ではなく、当面の最低限の暮らしを支えつつ、悲しみに寄り添うこと、生活再建の展望を示すこと、そして当事者をないがしろにして物事を決めないことだろう。

 阪神大震災があった1995年、首都圏の人々の関心は2カ月後に起きた地下鉄サリン事件をきっかけにオウム真理教へ移ってしまった。住宅再建への援助を求める声は「個人資産の形成に公費は投入できない」として切り捨てられ、復興資金はもっぱら道路や港湾などのインフラや公共施設、産業の再建に注がれた。

 その後、被災地住民らが運動を重ねた結果、被災者生活再建支援法が98年に議員立法で制定され、以後の災害では都道府県が出した基金をもとに支援金を給付することになった。当初100万円だった金額は制度の拡充で現在、全壊で最大300万円になっている(国が2分の1補助)。阪神の時よりはましだが、それで家を建て直せる人がどれだけいるだろう。

 津波では建物だけでなく土地ごとやられていて、同じ場所には建てられない。元の住まいからそう遠くない所に、安全な住宅用地または復興住宅を提供することが、本当に助けるかどうかの試金石になるだろう。生活面では雇用を具体的に提供することも重要だ。

 あわせて日本の社会全体のありようも考え直さないといけない。防災・減災対策の強化、原子力政策の根本的な見直しはもちろんだが、大事なのは、困っている人をしっかり助ける国にすることではないか。

 今回はとんでもない規模の災害だったが、たとえ小規模でも、原因が違っていても、当事者にとっては似たようなことだ。天災だけでなく、事故、病気、家族の自殺、犯罪被害などいろいろな災難がある。不況・雇用悪化という経済災害によって仕事や住まいを失う人もいる。

 困難に直面した人々に政府は、社会は、どれだけのことをしてきたのか。公的保険に穴は開いていないか。精神面の支援はやってきたか。自己責任あるいは他人事として済ませて来なかっただろうか。ホームレス状態の人に、生活保護の受給者に、精神障害者に、自死遺族に、どんな視線を向けてきただろうか。

 社会保障は、個別に襲ってくる人生上の災害への備えともいえる。復興財源を工面するために社会保障費を削減するなどという議論もあるが、本末転倒もはなはだしい。むしろ社会保障制度の不備を見直して修繕するために、アメリカ型の自助中心の国ではなく公助・共助を整えた国を目指すために、財源も人材も確保すべきではなかろうか。

 せっかく生まれた連帯意識を、人間を大切にする社会へ変えてゆく契機にしないといけない。

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