蒔絵の楽しみ
岡村英邦(福知山)
20年ほど前から、由良川で鮎の友釣りを楽しんでおります。この地方の名人に手ほどきを受け、6月から9月までほとんど毎日、川に立っていました。由良川の川底に粘土を見つけ、自作の窯で焼いて、鮎の塩焼き用の皿を作りました。釣った鮎を自慢するために客を招待したとき、他の料理を盛る漆器も欲しいなと思っていました。そんな時、偶然、夜久野町の/木と漆の館/に出会ったのです。
まず、黒塗りのお椀の作り方を教えてもらいました。開催間もない蒔絵教室にも参加しました。茶懐石料理に用いる漆器を一揃い作り、蒔絵も京都から来られる川端圭介先生(現在、京都市立銅駝美術工芸高校)に習い始めました。10年ほど前のことです。
漆は塗るものと思われていますが、塗った漆を乾かし、炭や石、磨き粉で研いだり磨いたりする作業に一番時間と労力を要します。漆を塗る前にも下地を作る工程があり、麻布を漆で貼り付けた木地に山科産の地の粉、砥の粉と呼ばれる土の粉に漆を混ぜて塗ります。これを乾かして砥石で研ぐことを数回繰り返します。その上に黒や朱の漆を塗ります。塗った漆を研いでいるとき、研ぎすぎて、下地の地の粉の面が出てしまう失敗を、/地が出る/と言い、一般でも使われる表現の語源ではないかと勝手に思っています。これでやっと油絵でいうとキャンバスができた段階です。この上に漆を塗って、金や銀、貝を蒔き、漆で固めて研ぐのです。
気が短いので、漆が十分乾くまで待てず、よく失敗しています。
漆の作業で一番楽しいのは、やはり最後に磨いて、漆独特の艶がでる瞬間です。陶芸の窯だしの時と似ています。陶芸家が窯だしの時、気に入らない作品をパンパンと割って捨てるところをテレビなどで見ます。作品の良し悪しは、炎の力に大きく左右されると聞いています。
漆の場合は、塗る人の技能と美的感覚が作品にそのまま表れ、偶然性に左右されることは少ないように思います。また、削ったり、塗ったり、研いだりするので、少し失敗しても修整ができるところは陶芸と違います。これも私が陶芸から漆芸に変わった理由かも知れません。
10年で50ほどの作品ができました。1つに数カ月をかけて作っているので、いずれにも愛着が強いものです。それ故、失敗作というものは、私の場合ありません。親にとってどの子どもも可愛いのと同じです。
蒔絵といえば、昔から、その題材は、花鳥風月が多いのですが、私は、普通は、あまり描かれない人間を蒔絵で描くことが多くなってきました。