政策解説・「チーム医療」「特定看護師」議論の現状  PDF

政策解説・「チーム医療」「特定看護師」議論の現状

 いま、医師以外の医療従事者の役割を拡大していくことが、政策として動き出している。諸外国ではミッドレベル・プロバイダーと総称されるNP(ナースプラクティショナー)注1)やPA(フィジシャンアシスタント)注2)といった職種が医行為を行える非医師職として活躍しているが、日本では特定看護師(仮称、以下略)という新しい資格の創設に向けた議論が、その第一歩として始まった。

「特定看護師」の提起

 具体的に動き出したのは、2009年8月に第1回が開催された「チーム医療の推進に関する検討会」において、麻生首相時の骨太09と規制改革推進のための3か年計画の両閣議決定、経済財政諮問会議での麻生首相指示を背景として、当時の舛添厚労相のもとで始まった。全11回の検討会では、ほぼ毎回各方面からのヒアリングが実施され、薬剤師の役割、慢性期でのチーム医療、外科での新しい職種の提案、在宅医療とチーム医療、周産期のチーム医療、NPの可能性、看護師の業務範囲拡大など、非医師の役割拡大の現状と課題・展望について様々な論点が提示され、2010年3月19日に報告書が取りまとめられた。

 報告書のトピックは、特定の医行為(従来、一般的には「診療の補助」に含まれないものと理解されてきた一定の医行為。表1)を行う「特定看護師」資格の創設が提起されたことだ。検討会では、高度な能力を備えた看護師のあり方の一つとしては議論されてきたが、新しい資格を創設するという方向性が決まっていたわけではない中で、第10回検討会での報告書(案)で初めて提案され、しかも「法制化をすべき」という強い方向性が出された。委員の間では、看護師の業務拡大の必要性については共通認識ができ上がっていたものの、突然の新資格創設ありきの提案に異論が相次いだ。しかし、最終的には特定看護師創設の方向性は維持された。

 想定されている特定看護師はいわゆるNPとは違い、医師の指示の下で医行為を行うことが考えられている。資格要件としては、看護師としての一定の実務経験、特定看護師養成を目的とする大学院修士課程の修了、大学院修了後に知識・能力の確認・評価を受けること、などがたたき台として例示された。

 一方、現在看護専門職としては日本看護協会や学会等が認定している専門・認定看護師が既にある。これらは現行法の範囲内で専門性を高めた職種である。ただ一般の看護師も含めて、いわゆるグレーゾーンと言われる行為を既に実施している可能性も指摘されており、特定看護師が創設されることで、その他の看護師の業務を逆に縛ってしまうことも懸念されている。また、報告書でも指摘があるように、専門・認定看護師の位置づけについても、見直される必要があるだろう。

 さて、看護師以外の医療スタッフについても、役割の拡大が明記された。その内容については、4月30日に医政局長通知「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」注3)として出され、PT、OT、ST、臨床工学技士に喀痰吸引が認められるなど業務の明確化が行われた。また、介護職員については、特養の介護職員に限り、口腔内(咽頭の手前まで)のたんの吸引と胃ろうによる経管栄養の一部を認める医政局長通知が4月1日に出されているが、特養に限らない介護職員全般の医行為についても7月5日に検討会が開催され議論が始まった。

進むチーム医療論議

 報告書を取りまとめた「チーム医療の推進に関する検討会」は提言内容の具体化を目的とした後継組織「チーム医療推進会議」(表2)に引き継がれ、5月12日その第1回が開催された。提起されたことは、報告書の二つの柱であるチーム医療の推進と看護業務の拡大について、それぞれワーキンググループ(WG)を作りそこで議論を深めるということだ。チーム医療の推進ついては、「チーム医療認定検討WG」という名称で(1)チーム医療を推進する医療機関の認定基準、(2)チーム医療を推進する医療機関の認定主体を検討すること等が提案された。提案そのものは報告書の内容に沿ったものだったが、「どの施設もチーム医療を行っているのに、認定される施設とされない施設が出てくるのか」といった意見が多数出て、ついには、認定そのものを検討課題から外すよう促す意見も出るなどWGの目的自体にも異論が出た。最終的には、基本的方向性は報告書で確認されているとして維持されたが、名称を「チーム医療推進方策WG」と変更し、この日の議論についても座長がWGに伝達することで場を収めた。WGは6月中に初会合が開かれることになっていたが、まだ開催されていない。

 もう一つの「チーム医療推進のための看護業務検討WG」についてはこの日はほとんど議論できず、5月26日の初会合で中身の議論が始まった。このWGは、看護師の業務範囲、「特定の医行為」の範囲、特定看護師の要件、特定看護師の養成課程の認定基準等が検討課題で、その検討のために、いわゆるグレーゾーンについて調べるための看護業務実態調査を行うことと、既に特定看護師に類似した看護師の養成に取り組む大学院修士課程の実態・実績に関する情報を収集するモデル事業を行うことが提起された。しかし、モデル事業の指定を受ける修士課程は「一般的に『診療の補助』に含まれないと理解されてきた行為の実習を実施して差し支えないこととする」とされていることに異論が続出。モデル事業という位置付けも飛躍しすぎているとして、座長が改訂を求めた。また、モデル事業が大学院のみを対象としていることについても、認定・専門看護師の養成課程も対象として検討すべきだという要望が出された。

 それを受けて、6月14日の第2回では、モデル事業から調査試行事業に名称が変更され、対象に一定の基準を満たす研修課程も含まれることとなった。看護業務実態調査については詳細が示され、検査・処置・手術など168項目に対して1現在、施設内で看護師が実施しているか否か、2一般の看護師が実施可能か、3特定看護師が実施可能か、4看護師が実施すべきではないか―について調査することが了承された。取りまとめは8月中に予定。

 今後のスケジュールについては、11月までは各WGで詳細な検討を行い、12月中に一定の結論を取りまとめる予定。

一様でない医療界評価

 こういった看護師の役割拡大について、医療界の評価は一様ではない。日本看護協会は、坂本すが副会長が検討会の中で、特定看護師試行の早期実施と法制化を求め、NPについても、慎重な検討が必要とした上で特定看護師導入を踏まえての発展的な検討を求めている。また、6月1日には文科省に特定看護師養成推進などを求める要望書を提出している。一方、日本医師会は特定看護師創設を前提として議論がまとまることに強く反対。結果、検討会報告書の素案にあった特定看護師を「法制化すべき」との表現は、「法制化を視野に入れた具体的な措置を講じるべき」に修正された。また、行政刷新会議の「規制・制度改革に関する分科会」第1次報告書に盛り込まれた「診療看護師(仮称)」についても、「自分の判断で業務を行う職種だと想定している」とし、新資格の創設には「慎重であるべき」と否定的な見解を示している。

質と安全担保した論議を

 この、医師以外の医療従事者の役割拡大は、医師不足を解消する手段としても有力視されている。確かに、現在医師が行っている業務の中には、現行法の下でも医師以外に任せることができるものもある。しかし、それが実現しないのは、看護職をはじめとする医療スタッフが根本的に少なすぎる現場実態が背景にあることを忘れてはならない。

 何より懸念されているのは、現行法の下では医師以外に任せることができない業務を、医師以外の職種に拡大することで起こる弊害についてである。非医師職が行う診断・治療の質や安全性をいかに担保するかや、責任の所在をどう位置づけるかなど、現時点では議論の枠組みすらなく、どうしても不安が先に立つ。その枠組み作りの第一歩が、始まったばかりの特定看護師の議論であり、時間をかけた慎重な検討が求められることは言うまでもない。しかし、さらに進んでNPやPA導入の早急な要望も病院団体や外科系学会などから根強くある。そこには疲弊しきった現場の危機感と、それを医師の増員だけでカバーするよりも、役割分担や裁量の拡大を進めることで、医師がより高度な医療行為に専念することができ、結果としての医療水準の向上が図れるという認識がある。NPやPAは特定看護師が実現した後の議論という雰囲気もあるが、現場の切迫感からして独立した議論があっても良いかもしれない。

 ただ忘れてはならないことは、人口あたりの医師数がそもそも少ない現状を放置したままで他職種の役割拡大の議論だけが進むことは、医療の質や安全性を考えたとき、決して患者・国民の利益にはならないということだ。今後の議論を見極める上で、その点はきっちりと押さえていく必要がある。

注1 NP(ナースプラクティショナー)

 診療看護師と訳される。医師の指示がなくても、診断・治療ができることが特徴。アメリカ、カナダ、イギリス、オランダ、韓国などで導入済み。アメリカでは医師不足を背景に1960年代から養成が始まった。修士課程を修了後、国家試験に合格することが必要。1998年に全州でNPの医療行為に診療報酬上の評価(医師の85%)がなされるようになる。現在医師数に対して15%の約14万人が働く。

注2 PA(フィジシャンアシスタント)

 医師の監督下で医療行為を行う医療職。主に手術室や集中治療室で医師の補佐をし、卒後4〜5年目の医師に相当する働きをする。看護師経験は不要。アメリカでは4年制大学を卒業後24〜32カ月の研修を経て認証(博士号相当)。7万人が働く。カナダ、イギリス、オーストラリア、オランダでも導入されている。

注3 医政局長通知「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」

 「チーム医療の推進に関する検討会」報告書が提起した個々の内容に応える形で、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床工学技士については、それぞれ「体位排痰法の実施時等」「食事訓練時等」「嚥下訓練時等」「人工呼吸器装着の患者」の喀痰吸引ができるとの解釈を示した。臨床工学技士については、加えて動脈留置カテーテルからの採血ができるとの解釈を示した。また、薬剤師、作業療法士、管理栄養士、診療放射線技師などについては、現行制度下で実施することができる業務を具体的に例示※し、それぞれ積極的に活用することが望まれるとした。その他報告書では、助産師による会陰裂傷縫合の試行的実施と検証や臨床検査技師による生理学的検査の実施の可否などについても検討すべきとされている。また、介護職員による一定の医行為(痰の吸引や経管栄養等)についても、09年9月からモデル事業が行われその検証を踏まえ、本文中にある通り特養の介護職員に限るとされたものの、4月1日付の通知で認められた。

 ※各医療スタッフが実施することができる業務の具体例(一部抜粋・要約)

薬剤師…注射剤の調整(ミキシング)や副作用のチェック等の薬剤の管理業務など

作業療法士…ADL訓練、IADL訓練など

管理栄養士…医師の包括的な指導を受けて、一般食の食事内容や形態の決定・変更、医師に対して特別治療食の内容や形態の提案など

診療放射線技師…画像診断における読影の補助、放射線検査等に関する説明・相談

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