シリーズ環境問題を考える(99)
タミフル乱用と河川の汚染 耐性ウイルス出現の危機
昨年来大流行をみた新型インフルエンザの治療に際して、我が国では、迅速診断と併せ、タミフルなどのノイラミニダーゼ阻害剤が先を競うように盛んに処方されてきた。その使用量は、一昨年度で全世界の供給量の70%にも及び、今季の処方高はその3倍にも達すると予想されている。病原体が種の存続をかけて抗生剤や抗ウイルス剤に耐性を獲得していくことは、避けられない定めではある。しかし、治療薬の乱用が、Globalな規模で、耐性ウイルスの出現を手助けする悪循環は、厳に戒められるべきであろう。最近、朝日新聞でも報道されたが、インフルエンザの患者に、不必要なまでに、簡単に処方されてきたタミフルが、日本各地の河川に大量に流れ込んでいることが明らかになっている。患者の、屎尿を通して排泄された大量のタミフルは、処理場からの処理水を通して、河川に流れ込み、河川の水から検出される薬理学的活性を有する代謝産物は、微生物学的に無視できない濃度に達していることが判明した。スウェーデンの科学省にあたるFORMASが590万SEK(約7千万円)の研究費を出し、ウプサラとウメオの両大学とカロリンスカ研究所の環境化学者、ウイルス学者それに感染病学者などが協力し、京都大学工学部環境予見分野(田中研究室)との共同で始めてきた研究の中間報告が出された。この報告は、以下のサイトからpdf で英文の全文を読むことができる。
http://ehp.niehs.nih.gov/members/2009/0900930/0900930.pdf また、ブログ:「5号館のつぶやき」にも要約が詳しく紹介されている。
京都の鴨川・桂川にある汚水処理施設から排出される水を中心に、水質検査が行われ、その中に含まれる微量のタミフルが定量的に検出され報告されている。調査地点は図に示されている通りで四角の点が処理施設で、三角が施設から出てくる水を調べた地点、丸が川の水を調べた地点である。(図参照)
図 京都の河川のタミフル汚染
タミフルは、薬として飲むときはリン酸化された状態(リン酸オセルタミビル:OP)で、このままでは抗ウイルス活性はないが、体内でカルボキシル・エステラーゼの働きで活性型のオセルタミビル・カルボキシレート(OC)になり働く、このOC濃度は、新型ウイルスの流行の前である08年末から09年はじめの調査時点でも、最大300ng/Lくらいの濃度に達していた(今季はその数倍に及んだと推定される)。北欧のウイルス学者によれば、このOCは、もしもユーラシア大陸からやってくるユリカモメやカモなどの体内に取り込まれた場合、トリインフルエンザに対する抗ウイルス作用が発揮されるに十分な濃度だとしている。要するにタミフル代謝物で汚染された日本の自然環境下では、渡り鳥の体内で鳥インフルエンザウイルスがタミフル耐性になる可能性が危惧されており、今後出現するかもしれない新型ウイルスが薬剤耐性株として出現し流行する危険性も検討されている。今季も鴨川や桂川での調査が継続されたが、田中宏明教授によれば、新型インフルエンザ患者の発生がピークに達した昨年11月には、OC濃度は遙かに高いピークを示していた。
WHOの報告でも既に、季節型のインフルエンザウイルス(A/H1N1)のタミフル耐性株の出現率は極めて高く、08年の第4四半期から09年1月末までの調査で、欧米各国もアジアも中国を除き、地球全体で、なべて、その95%(1291/1362)がタミフル耐性となっている。タミフル使用頻度の低かった北欧でもタミフル耐性株の出現率が高いことが注目される。本邦で発表されているタミフル耐性(季節型)インフルエンザ(A/H1N1)株検出情報でも、実にほぼ全例の99・7%(1430/1435)がタミフル耐性を示し、北欧と同系統株であった。(09年5月23日更新・地研報告)
また、既に、主に患者を介した、タミフル耐性新型インフルエンザウイルス(A/ H1N1pdm)の出現も世界各地で報告されている。国内でも、既に、1・6%(22/1403株)に耐性ウイルスの出現が報告されており、今後、早晩、薬剤耐性ウイルスの蔓延が危惧される。
また、今後、世界的にもタミフルや薬剤耐性新型ウイルスの流行拡大も心配される。世界の供給量の大半を処方・投薬し、ノイラミニダーゼ阻害薬に依存しきった感のある近年のインフルエンザの治療のあり方を、我々は、今一度冷静に再検討すべきではないだろうか。
(環境対策委員・島津 恒敏)