京都府 あんしん医療制度研究会が中間報告
診療報酬決定権限委譲の記述は削除へ
京都府のあんしん医療制度研究会の議論が重大な局面を迎えている。協会は、京都府の「国保一元化提案」がなされた1月27日以降、本紙において状況に応じ、研究会の模様を伝え、問題点を指摘してきた。
今回、府は11月25日の第6回研究会で「あんしん医療制度研究会〜京都府民が安心できる医療制度の構築に向けて〜中間報告(案)」を示した。同案は、レセプトデータを用いた調査・研究とその分析結果等から、医療提供体制と市町村国民健康保険の現状と課題を抽出、あらためて国保の都道府県単位一元化を提案した。
同案は座長一任でとりまとめられ、12月10日には京都府議会府民生活厚生常任委員会で報告され、12月中にもパブリックコメントに付される模様。
中間報告案を示した京都府
医師不足地域への「診療報酬加減算」の表記は削除
研究会での、京都府案には、「医師不足地域への重点的な配置」へ「診療報酬の加減算による経済的なインセンティブを導入」との記述があった。しかし、12月10日の議会で議員に配布された段階で、すでにそれらの文言は削除され、差し替えられていた。議会において京都府は、「委員から研究会として提案するだけの実現可能性や有効性を問う意見があり削除した」と説明した。
この件は、提案の柱であるはずの「診療報酬決定権限委譲」要求が、自ら設置した研究会で一致しなかったことを意味する。
ナショナルミニマムとしての国民健康保険制度を強調
中間報告(案)(以下、報告案)には、1月27日に示された京都府提案にはまったくなかった記述が多く見られる。その中で際立っているのは、「これまで市町村が担ってきた国民健康保険」を「基本的なセーフティネットとして再構築していくことが必要」であり、その「機能の確保」は「ナショナルミニマム(国による最低限の保障)としての取組であり、国が責任を持って安定的な制度の構築と必要な財源確保に努める必要がある」というものだ。山田京都府知事はこのほど、医療雑誌のインタビューの中で、「無職者や派遣など、会社の保険に入れない人々のナショナルミニマムをどう維持するかという深刻な問題を抱えている」と述べ、それは「国が責任を持つ部分」だが、国民健康保険では「それを市町村が負わなければなら」ず、「変化に制度が対応しきれていない」と述べている。また、「地方分権は本来、ナショナルミニマムを踏まえながら地域の裁量を利かせていくもの」であり、「すべてを地方に任せてしまったらナショナルミニマムでも何でもない」とも語っている。この考え方は新自由主義的な地方分権改革論とは一線を画すと言える。
研究会がその中間報告で、国民皆保険制度の要としての国民健康保険の役割と課題を検討し、国の責任について明確に述べたことは大切な視点であると評価できよう。
だからこそ、報告案の示す新たな医療保険制度の姿が、知事の述べる「ナショナルミニマム保障」に適う内容であるかどうかが問われることになる。
府の中間報告案をよむ
■都道府県の役割に対し、府の権限が限定的と主張
報告案は、「保健医療政策に関する都道府県の役割」の重要性に対し、権限が限定的であることや、市町村国保は「保険者機能を十分に発揮できない」といった問題意識を調査研究の背景に挙げた。
■レセプトデータで医療資源の状況を分析
調査研究に用いられたレセプトデータは、国保分5780万件(概数)、後期高齢者医療制度分549万6217件、全国健康保険協会京都府支部分979万6099件と膨大な数にのぼる。うち傷病名の記載があるデータを使い、疾患別の市町村内受診割合や医療資源の配置状況を分析し、課題を抽出した。また、「医療資源と医療費の関係」も分析、「医師数・病床数が増加するにつれて医療費が増加する傾向がある」とした。
なお、データの扱いについて、複数傷病名がある場合、機械的に「上位のもの」を採用しているのは医学的でないと指摘されている。これについて、府は10月の第5回研究会で「厚生労働省のレセプト記載要領には主病名を第1順位に記載することとされていることから、第1順位記載の病名を主病名としている」注1と説明した。
■市町村国保の財政困難と保険料の高騰・格差
市町村国保の状況については、被保険者に無職・低所得者が増加する一方、保険給付費が増大し、保険料負担が上昇。収納率は過去10年ほぼ一貫して低下していると紹介。一方で、市町村間の保険料格差も検証した。あわせて、「現行制度が存続した場合の」将来予測も行い、一人当たり保険料額は、2025年に医療分・後期高齢者支援分合計で、57%上昇と推計。これについて、市町村の一般会計からの繰入で上昇を抑えると、各市町村合計で約160億円もの税金が必要だと述べた。
■都道府県の権限強化による解決方向 ―あんしん医療制度のあるべき姿―
これらの分析を踏まえ、報告案では、京都府が医療提供体制や市町村国保の課題に取り組むことが必要であり、国からの権限委譲による政策手段の強化等を検討すべきと述べた。その具体内容として、「臨床研修に都道府県を含めた地域の関係者が関与する方式」や「保険医療機関の指導権限の委譲」が述べられた(削除された診療報酬に関する提案もここに書かれていた)。
■市町村国保一元化「4つの効果」と2つの保険者案
続いて、権限強化された都道府県の保健医療政策との「相乗効果をあげるためにも」と、都道府県単位の国保一元化が提案されている。報告案は、一元化の「4つの効果」を目指すと述べる。(1)保険財政の安定化。保険財政単位の拡大によるリスク平準化。国の財政的役割の強化、(2)効率的・効果的な保険運営と患者の立場に立った医療の質の向上。レセプト点検の強化による受診体制の効率的な確保等、(3)保険料格差の是正、(4)住民の理解と、そのための制度の簡明化注2。
保険者案としては、A案:都道府県、B案:都道府県と市町村による広域連合(一定の事務は市町村)と、2つの案を示す。制度案としては、保険料設定方式の違いを基本とした制度案では、(1)市町村別方式、(2)全体一律方式、(3)ブロック別方式を示す。
なお、いずれの保険者案、制度案を採用したとしても、その前提に「給付費に対する国庫負担割合の引き上げ」や「都道府県への財源移譲」が必要だと結論づけた。
■府提案は国の責任による医療保障制度の構想と言えない
報告案は、「ナショナルミニマム」保障の重要性を訴えながらも、新制度案での具体的な国の責任を示しておらず、そればかりか、原案で診療報酬決定権限の一部委譲まで提案した。これでは、知事自身が語ったナショナルミニマム保障を前置した「地方分権」のあり方とも相容れず、研究会で一致を見ないのは当然のなり行きである。
さらに、全国知事会や市長会の要求である、国の責任による医療保険制度の「一本化」あるいは「一元化」への、京都府のスタンスも問われねばならない。
協会も医療保険制度の将来像について、全国一本の医療保険制度を提言している。
京都府は今回の提案と、国の責任による医療保険制度創設要求との整合性について説明していない。去る11月20日の全国市長会決議は、医療保険制度の一本化実現を主張し、当面、一本化に向けた形態として都道府県も想定した再編・統合を求めている。
京都府は都道府県単位の一元化を、全国単位の医療保険制度への過渡的形態と考えているのか。それとも、都道府県単位一元化が最終的な姿と考えているのか。
もし、前者であるとすれば、どのように国の制度へ移行していくのか工程を示すべきではないか。それが示されない限り、府の提案を「あんしん医療制度」と呼ぶことはできない。
後者であるとすれば、都道府県単位である後期高齢者医療制度の現実を踏まえると、到底受け入れることはできない。
■後期高齢者医療制度廃止と新しい医療制度への影響を危惧
現在、政府からは、10年夏に新しい高齢者医療制度の創設に向けた中間とりまとめを行い、11年1月には国会に法案を提出し、2年の施行準備を経て、13年4月からの新制度施行とのスケジュールが示されている。
京都府の提案は、地方の発信する新たな医療保険制度案として、制度改革議論の過程で注目されるだろう。
だからこそ、府はもう一度原点に返って考えるべきだ。京都府には財政難に苦しむ市町村の声を代弁し、「いつでも・どこでも・誰でも」の国民皆保険制度を守り、発展させることを望む、医療者・患者の声を国に届ける役割がある。
地域実態に耳を傾け、国の責任による国保問題・医師不足問題の解決につながる提案こそ、期待したい。
※注1 レセプト記載要領では、「主傷病、副傷病の順に記載する」とある。しかし、02年厚生労働省通知(保医発0521001)において、「主傷病名及び副傷病名については、医療機関への周知徹底が十分になされていないことなどから、これらの区分がないことをもってただちに返戻することは、当分の間、差し控えるものとする」としている。
※注2 (4)の制度の簡明化については、第5回研究会で、京都府は、制度の成り立ちについて透明性を高め、保険料設定について「受けている医療と支払っている保険料の関係をクリアに」していく。しっかりした医療を受けたいのであれば、保険料は一定の金額になるとのことをご理解いただきやすい仕組みにするという意味だ、と説明している。