会員投稿/忘れえぬ症例
眼窩底骨折/弓削堅志(伏見)
勤務医時代、保険医協会のお世話になった症例です。
鉄パイプで全身を殴られた男性が搬送されてきました。顔面には強い腫脹、広汎な内出血とともに眼窩底骨折を認め、数日の保存的加療でも複視や眼球陥凹が改善しなかったため、耳鼻科に入院して手術が行われました。
眼科医の私も手術に立ち会い、下眼瞼切開でアプローチ、陥頓した下直筋、骨折部位を復位させ、上顎洞内にバルーンを留置して手術を終了しました。手術終了時、眼位は正位、創は非常に綺麗で腫れや痛みもなく、うまくいったと思っていました。
術翌日の朝、「外来開始前に診察したいので、すぐに降りて来て」と耳鼻科病棟に電話で連絡、しかし「患者さんの目が少し腫れて痛がっているみたい、でも今はしんどくって外来には降りられないそうです」との伝言を受けました。「では全身状態が落ち着いたら、すぐ外来へ降りてもらって」と指示して、外来の業務を始めてしまいました。正直、しんどいのは全身麻酔のためかな、術後だから腫れたり痛んだりもするだろう、と考えていました。
午後1時頃、「そういえばまだ診察していなかった」と気づき病棟に連絡、外来に降りて来た彼の顔をみて驚きました。眼瞼は硬く大きく腫脹し、手を添えても全く開瞼出来ない程になっていました。開瞼器を使って診察したところ、瞳孔は散大、光覚なし、声を失ってしまいました。眼底に異常なく、蛍光眼底造影でも問題なし、すぐにステロイドやマンニトール等の点滴、緊急CT検査を行い、直後にバルーンを抜去しました。CTでは、バルーンの状態に問題ないものの、眼窩内、骨折部の上方に軽度の血腫らしき所見を確認しました。
耳鼻科医と相談し、すぐに術創を開放したところ、骨折部位から3mlの血液を除去でき、創を閉鎖するときには眼瞼の腫脹も改善していました。ただ、残念ながら、その後も視力が戻ることはなく、今回の病態は血腫による眼窩先端症候群と考えられました。
実は、彼は手術日の深夜から激しい痛みや嘔気などの訴えがあり、付き添っていた家族も「痛がっている、何とかしてと昨夜から何度も頼んでいた、なのに何もせず昼まで放っておかれた」とのこと。発症時、病棟では医師が指示票に記載した〈疼痛時ボルタレン〉〈嘔気時プリンペラン〉等が指示どおり行われたのみで、我慢強い彼はひたすら耐えていたようでした。
「合併症を甘くみていた」「もっと早く気付いていれば」「朝一番に私が病棟に行くべきだった」などと深く反省するとともに、人を介した連絡の難しさを痛感しました。以後、「いつでも、どんなことでも携帯に連絡して」と病棟には伝えるようになりました。開業した今も同様、手術後の方には「気になることがあったらいつでも連絡して」と緊急時の連絡先を伝えています。今も忘れられない症例です。