裁判事例に学ぶ/医療事故の防止(18)
胸・背部痛には解離性大動脈瘤の発症にも心を留めて鑑別診断を
平成10年1月11日(日)午前9時30分頃、入浴中66歳男性は、咽頭部付近に痛みを覚え、胸痛・胸苦しさが増強して昼過ぎ某病院救急外来を受診した。意識清明、顔色不良で冷や汗あり、血圧高く、血液検査・胸部レントゲン線検査・胸部CT検査・心電図検査などが指示・実施され、解離性大動脈瘤を示唆する特異的な異常所見なく、狭心症の診断名で入院し、冠血管拡張剤など処方され夕刻症状が軽快した。胸部腹部エコー検査の報告書で「…(4)解離性動脈瘤検索は必要。造影CT。」とあり胸部造影CT検査が指示・実施されたが、医師は大動脈解離の像とは読まず、臨床像からもその可能性は低いと判断した。12・13日の午後発熱があり、抗生物質が投与され夜は解熱し、胸部レントゲン検査で胸水が少量あり、CRP値が高かったが、15日退院した。
17日午後再診し帰宅時、駐車場で、激しい胸内苦悶感、右下肢痛を来たし、5時ごろ再受診した。右下腿から腰部への痛みと、右足のしびれ感を訴え、右足部は血行障害で蒼白で、再入院した。腰痛は鎮痛剤を投与して改善し、8時頃下肢の血行障害は消失した。非常勤の放射線科医は17日読影し「上行および胸部大動脈に壁肥厚像や大動脈弓部の一部拡張があり、大動脈解離ディベーキ1型を考える」と報告し、18日医師は画像を再検し、症状の改善からも、本症とは判断しなかった。18日午前10時頃に胸の締め付ける感じを訴え、家族にも連絡され、午後1時胸痛を訴え、1時50分白目をむいていびきをかき、呼吸停止し救急蘇生したが、6時46分死亡した。
遺族は、急性大動脈解離の画像所見を誤読して、手術可能な医療機関に転送しなかった医師の過失を根拠に提訴した(請求5984万円)。
裁判所は、本症のスタンフォードA型は上行大動脈に解離病変(偽腔)があり、ディベーキ1型はエントリー(内膜亀裂)が上行大動脈にあって下行大動脈まで解離病変を伴い、心臓側への進展から心タンポナーデや冠動脈閉塞など致死的危険から手術療法を要し、診療経過から初診時既に発症しており客観的には見逃しとしたが、造影CT像には鑑定人の「大動脈内に細く白く濃く写る三日月状像があり、早期血栓閉塞型大動脈解離の判りやすい像」との指摘の他に本症を示す所見なく、放射線科医もその指摘なく、主訴による鑑別診断では心筋梗塞・肺梗塞・狭心症・急性心膜炎などもあり、一般外科医には医療水準上読影・診断過誤はないとした。しかし、17日午後5時診察時の突然の言葉を発せないほどの激しい胸痛などの初発症状や解離の伸展による臓器虚血(右下肢)などの典型的症状を見のがし、手術により80%救命し得たものとして転医勧告義務違反を認め、4737万円の支払いを命じた(名古屋地判平16・6・25、判例タイムズ1211・207)。
解離性大動脈瘤は、突然の激烈な胸痛で発症し、最初が一番激しくその後ジワーッと12時間〜数日続き、疼痛の部位が移動し、高血圧を伴い、高齢者に多いとされる。疑われたときは、全ての症状を急いで診断し、降圧剤を投与し、手術可能な病院に転送する。
午前1時頃テレビを見ていてプチッという音とともに背部痛を感じ「お父さん、背中が痛い!」と叫んで床にのた打ち回り、救急病院で死亡して、病理解剖では腎動脈の上10?で亀裂して解離が上下に及んだ14歳男児例もある(前橋地判平16・10・27、LEX/DB TKC 28101348)。
(文責・宇田憲司)