裁判事例に学ぶ/医療事故の防止(15)
頚・肩痛や心窩部痛には心筋梗塞などの可能性にも留意して
平成11年9月29日午後3時前、53歳男性Aは、会議中、気分が悪く嘔吐し、左肩部の激痛を訴えた。救急隊員には1カ月前から左肩の痛みで五十肩として接骨院で受療したことを伝えた。意識清明、呼吸毎分24回、脈拍72回で、最寄りの整形外科単科救急告示病院に、3時30分搬送された。糖尿病・高血圧症で治療があり、2日前の朝、起床後に胸を締め付けられウッとうなったが受診しなかったことを、医師に伝えなかった。医師は、Aの肩を触診し、左上肢へ放散痛と発汗を確認し、肩と頚椎のレントゲン検査をし、中程度の関節拘縮から肩関節周囲炎があり、レントゲン検査陰性で石灰沈着性のものは否定し、頚椎椎間板ヘルニアを疑ったが、スパーリングテスト陰性で頚椎椎間板症と診断した。関節注射し、消炎鎮痛剤(ロキソプロフェン経口剤、ジクロフェナクNa坐薬)を処方し、7時ごろ帰宅した。胸から肩にかけ発熱し激痛から「切り落として欲しい」とまで訴えた。10時頃眠り始め、翌日午前0時頃ウッと唸り、眼を開き意識を失い、他院に救急搬送されたが1時46分死亡した。T監察医務院で行政解剖され、死因は急性心筋梗塞(前壁中隔)による心破裂とされた。
遺族は、症状から心筋梗塞を疑わず、心電図検査さえせず、誤診して転医しなかった医師の過失を根拠に提訴した(請求7795万円)。
裁判所は、左肩から左上肢に放散する激痛は急性心筋梗塞の比較的典型的な症状であるとして、心電図検査を実施して集中治療室のある病院に転医しておれば8〜9割死を免れ得たとして、整形外科医師の鑑別診断上の過失を認め7795万円の支払いを病院に命じた(東京地判平13・9・20、LEX/DB TKC28071565)。
平成1年7月8日午前4時30分ころ男Bは、突然の背部痛で目を覚まし、庭に出てしばらくして軽快した。妻の勧めで自動車を運転して妻子と共に横浜総合病院に向かったが、途中背部痛が再発し運転を交代した。5時35分受け付けした。主訴は上背部痛および心窩部痛で、触診では心窩部圧痛があり、尿潜血陰性で、医師は急性膵炎と2次的に心筋梗塞を疑い、ペンタゾシン30?筋注し、点滴にFOYR300?を昆注した。5分ほどして点滴中突然「痛い、痛い」と顔をしかめ、痙攣していびきをかき、呼吸停止し、脈拍微弱化し、救急蘇生したが7時45分死亡した。
遺族は狭心症等を疑わず血圧測定・心電図検査・ニトログリセリン舌下投与しなかった医師の過失を根拠に提訴(請求6622万円)した。東京地裁は棄却し(平7・4・28)、東京高裁は、適切な治療を受ける機会を奪われたとして慰謝料等220万円を認めた(平8・9・26)。最高裁は、胸部疾患の可能性のある患者への初期治療懈怠に医師の過失を認め、それと死亡との高度の蓋然性はないが、医療水準にかなう医療が行われておれば、死亡の時点でなお生存していた相当程度の可能性が証明されれば、その可能性を保護法益として上告棄却し慰謝料を認めた(最判平12・9・22、民集5472574、判時1728・31)。
(文責・宇田憲司)