京都府/あんしん医療制度研究会を開催/医療制度の都道府県単位化加速の危険
京都府は5月21日、「あんしん医療制度研究会」の初会合を開いた。研究会は、府が1月27日に全国知事会に対し提案した「住民への健康医療政策の更なる充実に向けた検討課題について(提案)」の内容などを検討するもの。今夏に中間報告、冬頃に最終報告をとりまとめるとしている。
各紙で取り上げられる京都府提案
京都府の提案は、相次いで専門誌に紹介され、注目を集めている。「国保一元化は制度の安定に意義・京都府提案受け、江利川厚労次官が評価」(国保実務第2645号・09年2月9日)、「京都府が提案 国保『都道府県単位一元化を』」(国保新聞第1878号2月10日)、「猿渡知之・京都府副知事に聞く」(国保新聞第1879号2月20日)、最近では「京都発・国保を変えろ」の大見出しで朝日新聞が山田啓二知事のインタビューを大きく掲載した(09年6月3日朝刊)。
京都府提案の内容と背景にあるもの
京都府の提案は「国保一元化提案」の呼称で括られることが多い。しかし、提案内容を読むと、提案の具体的内容は概ね3つの柱にまとめることができる。(1)現状分析のために、データ(レセプト等)が把握できるようにすべき、(2)診療報酬の決定、医療機関の指導権限を都道府県に委譲すべき、(3)国民健康保険を都道府県単位に一元化―である。
府提案の背景には「都道府県単位の医療費適正化施策」推進を狙う医療制度構造改革がある。都道府県は医療費適正化計画を策定し、「生活習慣病患者・予備群の減少」や「平均在院日数短縮」目標を国の参酌標準に拠って目標化し、その達成に向けた施策を推進せねばならない。法定計画である医療計画、健康増進計画、介護保険事業支援計画も、医療費適正化計画と調和のとれたものでなければならないとされ、医療費適正化に資するものとなるよう国は求めている。府提案について、全国知事会の従来方針とは違う立場で、地方から国へ新しい提案を行う「京都の乱」と評する報道もあるが、本当にそうだろうか。むしろ、国の考える医療費適正化、即ち医療費抑制路線を都道府県が積極的に推進するための条件作りを求めているように映る。
権限移譲要求の一つの柱である診療報酬決定権限は、全国いつでも、どこでも、誰でもが同じ負担で同じ高い質の医療を受けられる国民皆保険制度の根底を脅かす。もう一つの柱である指導権限の移譲についても、重大な問題が予想される。協会は早くから、京都府提案の孕む危険性を指摘し続けており、今後、その問題点、府が本来担うべき医療・保健政策についての考え方などを、まとめ、公表していく予定である。
(2面に続く)(1面より続く)
責任の所在が不明瞭な研究会のあり方は疑問
京都府は平成21年度当初予算で「あんしん医療制度構築共同検討事業費」を計上。予算額は1千50万円だが、総事業費は9千50万円で6千万円は国からの補助。府の「当初予算案主要事項説明」には、その趣旨について「府民が安心できる医療制度を構築するため、疾病構造を分析するとともに、都道府県への一元化も視野に入れた国民健康保険制度のあり方を国と共同で検討する」とあり、事業内容を「保険者、市町村、大学等から構成される研究会を設置して、保健医療行政統計や医療レセプトデータ等の解析及び制度構築に関する調査検討を行う」としている。
この「保険者、市町村、大学等から構成される研究会」が、5月21日に京都府が第1回会合を開いた「あんしん医療制度研究会」である。研究会委員は表1のとおり。第1回研究会では、座長に今中雄一氏(京都大学大学院医学研究科)が選任された。
当日、事務局である京都府が行った説明によれば、「調査研究の背景」としては、府提案本文で示された問題意識と概ね同様の内容が示され、都道府県が医療計画の策定・検証に必要なデータを入手することが困難であること、保健医療政策の実施主体が多様であることからくる調整の困難、市町村国保が保険者機能を十分に発揮しにくくなっていること等があげられている。
そのため、「調査研究の目的」としては、「府民の健康確保に必要な医療サービスを将来にわたり安定的に提供できる制度の構築に資するよう、京都府内の疾病構造や医療資源、市町村国保の保険財政について、レセプトデータ等も用いて調査分析するとともに、これらの分析結果を踏まえ、都道府県の保健医療政策をより効果的にするための方策について検討する」とされている。
具体的な調査研究内容(案)は、表2のとおり。レセプトデータや各種行政統計データを用いて、府の疾病構造や医療資源の分布(偏在ミスマッチ)を定量的に把握。被保険者等の将来動向と制度運営への影響を地域別にシミュレートし、それを踏まえた詳細データに基づく医療計画の策定や市町村国保の一元化等、都道府県の保健医療政策をより効果的にするための方策を研究すると見られる。
この研究会の調査研究に対する、府の補助金事業を「あんしん医療制度構築共同検討事業」と呼ぶ。
府の示した図で見る限り、この研究会は京都府と国保連合会が共同で設置したもののように見える。しかし、取り組む調査研究は、国保連合会が府と国から補助金を受けて実施する形であり、責任の所在が不明確な、あたかもトンネル機関のごとき仕組みと指摘されかねない形になっている。また、府民のための医療保障の将来にかかわる論議を行う研究会であるにも関わらず、「被保険者の視点」を代表する委員がいないことも不可解である。
この事業の全体像は、次のように整理できる。
研究会の調査研究事業は、京都府国民健康保険団体連合会が事業主体となる。京都府は国保連に補助金を交付する一方で、研究会事務局を担当。各種統計データも提供する。国保連はこの研究会の座長でもある今中氏の研究室にデータ分析を委託する模様。
既に、国保連は4月22日に説明会を開催し、京都府担当者が説明を行う等、共同で準備を進めてきており、国保と協会けんぽの持つレセプトデータが分析に活用されるという。
各委員からは、「レセプトデータだけで何もかもがわかるわけではない」「二次医療圏ごとの人口推移、高齢化率のデータも必要」等データ内容に関する意見、国保を一元化した際の均一保険料への懸念等保険制度自体に関する意見も出された。更に、府の医療提供体制の実情に照らし、ある委員は「限られた医療資源をどう効率的に活用するか。その検討を住民の自立につなげる必要あり」と発言、またある委員は「限られた医療資源を前提に考えると、到底あんしん医療にならない。府民みんなが同じ条件で医療を受けられることが大切。財政状況から国保一元化についても考えていかねばならないことは事実だが、大きな観点で検討すべき」と発言した。「あんしん医療」をどう構築していくべきなのか、という根本問題についての意見のすりあわせは、これからである。
研究会は、本年冬頃の最終報告とりまとめを目指し、今後も研究会を重ねていく見込みである。
財政審はドイツ型の単価変動制を提案
「診療報酬決定権限委譲」については、今回の研究会では全く話題にのぼらなかった。しかし、前述した「医療資源」をめぐる課題(具体的には主に北部地域の医師不足等を指すものと思われる)との関連でこの問題を捉えると、極めて深刻な事態が考えられる。
府提案本文に次のような一文がある。「都道府県は診療報酬決定権限がなく、病床規制だけでは、医療政策の実行上限界があるため、診療報酬決定権限の一部と保険医療機関指導権限の権限委譲が必要と考えている」。ここで述べられている「医療政策」とは「病床規制」という医療計画における用語が使われていることからみて、「医療資源」「医療提供体制」構築を含むものと考えられる。つまり、都道府県が診療報酬決定権限を持つことで、診療報酬による経済誘導を手段として、北部地域などの医師不足問題に対応できるという意図を込めているのではないかと考えられる。
ほとんど同様のことを財務省は4月21日の財政制度等審議会・財政制度分科会・財政構造改革部会で、「医療提供体制の再構築―医師偏在の是正―」なる資料を示して述べた。来年4月の次期診療報酬改定をにらみ、「医療費総枠拡大」要求が広がることへの牽制と評された財務省の打ち出しは、次のようなものである。
都道府県別の医師数を、人口、面積を勘案し、47都道府県別に指数化した一覧を示し(表3)、「医師偏在」をアピール。こうした都道府県単位の「医師偏在」に対し、「偏在是正の手法」として、「経済的手法」と「規制的手法」の2つを示す。「経済的手法」では、医師不足地域への診療報酬を手厚くする方針が示され、「規制的手法」では「ドイツでは地域や診療科目別に開業できる医師の定員を定めている」ことや、保険医の過剰・過少地域では通常の1点あたり単価を増減額するシステムが導入されることを例にあげ、こうした規制を使った改善策を検討する方向性が示された。加えて、財務省は開業医と勤務医の給与格差を強調し、配分是正を促した。
この考え方は、ほぼそのまま、建議書である「平成22年度予算編成の基本的考え方について」(6月3日)に盛り込まれている。また建議書では「医師の養成には多額の税金が投入されていること等にかんがみれば、医師が地域や診療科を選ぶことについて、完全に自由であることは必然ではない」と、自由開業医制の否定に踏み込んだ見解も示している。
むしろ京都府は都道府県単位の医療費適正化の流れを見直すべき
このように、診療報酬の配分を「全国一律」から転換し、また、医師数の地域別の規制を導入することで医師不足問題を解決しようという方向性が出されている状況は、府提案を現実的なものへと急浮上させていく可能性がある。
府提案にあるように、都道府県が診療報酬決定権限を委譲されたならば、都道府県医療計画の存在が今以上に重要になる。どの地域にどのような医療機関が必要、あるいは不要であるかを、レセプトデータや行政統計を用いて分析し、診療報酬によってそれを誘導することができる。この考え方は、財務省の示す「医師偏在」解決の手法と共通である。
しかし、医療者は、診療報酬が地域によって異なる事態、一物二価を容認する事態を、決して認めることはできない。あんしん医療制度研究会で、ある委員が語ったとおり、どこに住んでいても同じ医療が受けられる医療提供体制の構築が重要である。
そのために今、必要なのは、国が国民に対し、どのような医療を保障をするのかというビジョンである。
国は国民の声に押され、医学部定員増をはじめ医師確保策への財政出動を行う一方、基本的な医師不足問題への対処策としては「機能分化と連携」だという姿勢を崩していない注)。その下で、現在、都道府県には「医療費適正化」が課され、その方針の下で効率的に医療を提供するよう地域の医療提供体制を作り変え、構築し直すことが求められている。
つまり、本当のところ国の示しているのは「医療費削減ビジョン」であって、全国民への医療保障についてのビジョンではない。
国民に対する責任を持った医療保障政策が、医療者・国民の合意の下で実施され、それに伴い、医療に対する財源が確保・拡大される。そうなってこそ、初めて都道府県は患者・国民のためになる医療政策を具体化できるのではないか。
その点で、府の提案は、現在のままでは国の医療費適正化路線を追認したものとならざるを得ない。
京都府に求められているのは、地域・現場の実態を明らかにし、その根本にある医療費抑制策を告発し、府民の医療を守るために、国に対して毅然と立ち向かう姿勢であろう。
注)日本医師会は「医療崩壊から脱出するための緊急提言(5月20日)」において、「医師の偏在は強制的に是正すべきか」と題したペーパーで、「まず、医師不足の解消が最優先課題」「医師が安心して働ける環境作り」の大切さを指摘している。