裁判事例に学ぶ/医療事故の防止(9)
胸部・腹部外傷のスクリーニングにエコー検査をFASTに
平成17年2月21日午後3時頃、57歳男性が、上り坂でサイドブレーキを忘れ駐車した自車トラックが動き出し、後方の乗用車との間に挟まれた。1時間後に某救命救急センター(3次救急)に搬送された。日本外傷学会・日本救急医学会の外傷初期診療ガイドラインJATEC(Japan advanced trauma evaluation and care)に従い診察され、心嚢や胸・腹腔の液体貯留を診る超音波(エコー)検査FAST(Focused assessment with sonography for trauma)や心電図検査で異常なく、X線撮影で左第6肋骨骨折および左足関節開放脱臼骨折と診断された。午後7時40分〜11時50分整形外科で足関節が手術された。ICU帰室時は左前胸部痛などを訴えた(SpO2 98%)。翌日午前2時20分心窩部痛を訴え心電図所見に異常なくH2ブロッカー投与で改善した。6時45分頃血尿もあり腹部エコー検査で異常なく、胸腹部の造影CT検査が指示された。7時頃血圧低下(92/55)した(SpO2 98%)。CT(7時28分)では、左血胸があり心嚢液が幅1cm貯留し凝血塊を伴い、心臓血管外科では心嚢穿刺より開胸手術が適応として、説明と同意に家族を待ちつつ8時30分頃準備できた。8時30分トロッカーカテーテルを左胸腔に挿入したが血圧測定不能となり、8時50分浅呼吸で気管内挿管し、8時57分血圧30〜40で心マッサージしつつ手術室へ移動し、9時4分開胸手術を開始した。左6〜8肋骨は骨折し、小骨片が刺さり左心尖部に3cmの裂創を認めた。心嚢内血液430mlを排液し、9時10分心拍再開した。心停止約20分間で低酸素脳症から3月4日死亡した。
遺族は、心タンポナーデの発症を予見して頻回に心エコー検査すべきで、心嚢液の早期排液を懈怠したと提訴した(請求7606万円)。
裁判所は、3次救急でもJATECを超える医療水準は課せず、循環動態に異常がない場合FAST(心エコー)は不要で、心タンポナーデでショック時は優先して心嚢液の排液が必要として、8時30分に手術準備が整ったが他の処置で30分間遅れた過失を認め、慰謝料等1100万円の支払いを命じた(京都地判平20・2・29)。
心タンポナーデの治療には、まず心嚢液の貯留を迅速簡易に診るFASTと、迅速に排液することが推奨される(大阪高判平15・10・24、判時1850・65、判タ1150・231、民事法情報219・45)。
(同ニュース2008・5No.99より、文責・宇田憲司)