裁判事例に学ぶ医療事故の防止(3)
鑑別診断には近隣臓器を複数あげ
平成12年5月23日、48歳男・消防士A(身長175cm、体重83kg)は、勤務中に右膝を負傷し、某市立病院整形外科で局所麻酔下に異物を摘出され、片松葉杖歩行で帰宅した。2日後、痛みから希望入院した。31日夕刻「1〜2日前から胸が苦しくなる」と訴え、翌6月1日午前5時30分頃、トイレから帰室時に、意識消失・転倒状態で発見された。胸苦しさ・息苦しさを訴え、チアノーゼを呈し、血圧113/70、脈拍毎分82で不整脈なく、帰床して酸素投与し、ニトロペンR舌下投与し、症状は軽快した。1年前に心室性期外収縮の診断があった。
心電図検査は、2、3、aVF誘導でST軽度上昇、2、3、aVF、V1、V2で陰性T波が見られ、血小板16・9万(↓)、白血球1万3200(↑)、LDH1035IU/l(↑)、CK141IU/l(←→)であった。H循環器内科医師は、急性冠症候群か急性心筋梗塞を疑い、某日赤病院へ電話しドクターカー到着時、同乗のI循環器内科医師にその旨を報告した。
帰院後Iは診察し、肺にラ音なく、四肢に浮腫なく、胸部レ線撮影で異常なく、心電図・血液検査所見は同様で、狭心症、心筋梗塞を最も疑い、11時20分冠動脈造影検査し狭窄なく、エルゴノピンR負荷で左前下行枝が90%狭窄して胸部不快感を訴え、ニトロールR注入で消失し、冠れん縮性狭心症と診断した。酸素投与中止で胸部不快感なくSaO291%と低く、2l/分で98%であった。心エコー検査で右室径29・5mm(10〜20)、収縮期左室径26・8mm(30〜45)で、右心室の拡張が窺がわれ、午後5時31分よりホルター心電図検査が開始された。10時頃座位になり胸痛を訴え、心電図は変化なく、入眠した。CPKは146(←→)であった。
翌6月2日午前3時頃「寝ていると息が止まって苦しく眼が覚める」と訴え、6時20分座位で飲水して30分後に気分不良を訴え意識消失した。
I医師は、心エコー検査で肺塞栓症を疑い、血管造影検査で診断を確定し、治療したが、Aは4日死亡した。
遺族は、提訴した(請求9564万円)。熊本地判平16・10・21(年報医事法学2008:23:162―168)は棄却した。福岡高判平18・7・13(判タ1227号303頁)は、診療当時の医学的知見から、術後で肥満があり、突然の呼吸困難などの症状や検査所見から虚血性心疾患とは限らず、他に解離性大動脈瘤、うっ血性心不全なども鑑別すべきで、突然の呼吸困難、胸痛、ショックなどが見られ、原因が不明の場合は、本症を疑うことが重要で、疑わなかった両医師の過失を認めた。素因減殺を4割とし、賠償額4630万円とした。
(同ニュース2008・7No.100より、文責・宇田 憲司)
【京都保険医新聞第2669号_2008年12月15日_7面】