裁判事例に学ぶ医療事故の防止(2)

裁判事例に学ぶ医療事故の防止(2)

アスピリン消炎鎮痛剤喘息発作の予防には
既往歴・現病歴から体質把握を十分に

 (1)昭和58年5月、42歳女性は38歳頃から気管支喘息を発症し、寛解困難で某医科大学呼吸器内科に入院した。問診ではアスピリン喘息(非ステロイド性消炎鎮痛剤NSAIDsによる喘息発作)を疑わせる所見があり、薬剤による喘息発作の既往として、前年ボルタレンとペニシリン系抗生剤バカシルの内服後にアナフィラキシー様症状で救急搬送されたが、その旨の申告なく、カルテに「薬物アレルギーなし」と記載された。鼻閉改善に鼻茸(慢性副鼻腔炎に伴う炎症性新生物)切除術を受け、術後疼痛に当直医はカルテ記載を確認して、ボルタレン2錠を投与した。30分後に呼吸困難が出現し、気管内挿管したが、10日後に死亡した。

 裁判所は、前年の発作・救急搬送の事実を聞き出せなかったのは、NSAIDsで致死的喘息発作が起こり得るのを十分理解させる質問でなかったからと推認し、問診義務違反で賠償額3428万円を認容した(広島地判平2・10・9)注1)。控訴審では、患者に薬剤誘発性喘息の罹患の認識なく、問診義務違反を問わず、臨床所見からアスピリン喘息を疑い得るのにいきなりボルタレンを投与したことを過失とした(広島高判平4・3・26)注2)

 (2)平成3年、27歳女性が切迫早産と気管支喘息(発症19歳)の合併症で入院し、問診で薬剤アレルギーはないと申告した。発熱で当直医がインテバン座薬を投与し、呼吸困難で母子ともに死亡した(7477万円認容、前橋地判平10・6・26)注3)

 アスピリン喘息は、NSAIDsがシクロオキシゲナーゼ1活性を阻害し、気管支拡張作用を持つプロスタグランディンEが減少し、気管支や肺実質の平滑筋収縮作用を持つロイコトリエンC4・D4・E4・が増加する非免疫学的機序で誘発される。(1)成人喘息発症例の約10%で、(2)男女比2:3、(3)鼻茸や副鼻腔炎合併例の80%を占め、嗅覚低下もあり、(4)通年性の発作で重症例が多く、(5)非アトピー型が70〜80%を占める。誘発歴のないNSAIDs投与での発症例が40%と要注意である。診断にはアスピリン等負荷試験が要るが、それ自体危険で誘発症状(鼻汁、喘息発作等)にはエピネフリンが著効する(治療学2005:39(1):105)。

(同ニュース2009・1No.103より、文責・宇田憲司)

注1)判例タイムズ750号221頁、判例時報1388号96頁
注2)判例タイムズ786号221頁
注3)判例時報1693号110頁

【京都保険医新聞第2667・68号_2008年12月1・8_5面】

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