【会員投稿】『舩越秀男画集 美のこころ 医のこころ』を眺めながら
宇田憲司(宇治久世)
砂丘皓皓(1997) 舩越秀男
本書は、氏の没後一年を記念して、生前の代表的な作品をコンパクトに編纂している。日本画33点には砂丘を描いた25点、色紙には干支の水墨画4点などを含み、前半は日展入選作品等を中心に「美のこころ」を、後半にはまず手術解剖図譜を配して、医療関係者らによる6編の追悼文を加え、氏の「医のこころ」を解明・紹介している。4月上旬に京都東急ホテルギャラリーkazahanaで開催された氏の遺作展「砂丘に抱かれて」で、筆者にも記念に贈呈されたものである。
展覧会では日本画22点を閲覧できたが、画集にはそれ以外の9点を含む。また、昭和33年10月2日付けで完成したAtlas of Surgical Approaches to Bones and Jointsの写本が展示され、精緻な描き振りで、なるほど若くして絵は天賦の才に恵まれていた、と判り興味深い。
氏の作品は第29回日展入選作品「砂丘皓皓」(1997)の絵葉書をもらって見たのが最初で、即刻「すごいですね」と電話したが、診療中の忙しい時間帯で「いや、ありがとう」とそっけなく、「今頃知ってくれたの?」との雰囲気でもあった。その後もほとんど京都市美術館には行かず、まして日展どころではなかった。
遺作展が実物鑑賞の初めでは、「やはり、すごいですね!」とそれ以上言葉もなかった。
「わしの見たものが、君に分かるか? 君に見えるか?」と問い詰められているようで、黙ってじっと見つめ続けていた。
「正確に記す、残す、伝えるですか? まるで医学ですね!」しかし、答えはなく、絵の中は、静寂の内に時間が凝縮していた。
「人がいませんね。いや一人だけ…」
「あれはわしや! 1回は出さんならんと思った」と伝わってくる。
「歩き続けてみんな壊れていくのですか?」
「…………」
「ならば、砂丘に抱かれた人は幸せですね!」
「いや、抱かれるどころか…。必死に立って正確に描き続けた」と語り返されているようにも見える。
「砂丘は描いても描いても描ききれなかった…。だから、描きすぎずに筆を下せて…」。
それが手術解剖図譜にみる学問的で硬い表現を免れさせたのであろう。もちろん「医のこころ」はまずこのように手堅くあらねばならぬ。しかし、そうあったればこそ幸運にも、砂丘を選び描き続けるよう美の女神にも微笑みかけられたのであろう。
今、氏の画集を手に当時を思い出しながら眺めていると、やっぱり絵筆片手にどこかの砂丘に抱かれて、何の夢を夢見てられるかなと思えてくる。
合掌。
【京都保険医新聞第2651・2652合併号_2008年8月11・18日_8面】