万が一の時にそなえて!元裁判官が解説します 医療訴訟の基礎知識 VOL.11  PDF

元大阪高等裁判所 部総括判事・弁護士
大島 眞一

診療ガイドラインは裁判の証拠
異なる治療法には合理的説明を

1 はじめに
 近年、診療ガイドラインが数多く作られ、臨床の現場で活用されています。裁判所も、日本医療機能評価機構の診療ガイドラインデータベース「Minds ガイドラインライブラリ」に掲載されている各診療ガイドラインをよく参考にしています。今回は医療裁判における診療ガイドラインについて考えてみます。

2 診療ガイドラインの活用
 診療ガイドラインに関し判示した最高裁判例はありませんが、下級審(高裁や地裁)ではかなり重視されています。当該医療行為が行われた当時の診療ガイドラインは、その時点の医学的知見を集約したものと考えられますので、裁判所が医師の過失を判断するに当たって有力な資料であることは否定できません。
 医師の過失の判断において、診療ガイドラインが参照された最近の裁判例として、大阪地方裁判所令和3年12月10日判決(医療判例解説98号50頁)を紹介します。

3 大阪地裁令和3年12月10日判決
(1)事案の概要
 A(死亡当時87歳)は、平成24年12月12日にY病院に入院し、CT検査などを受け、急性胆嚢炎と診断されましたが、その後症状は改善しました。Aは平成25年1月9日頃から発熱などがあり、同月11日の血液検査の結果、ALP1148U/L、γ―GTP105U/L、白血球数2万3500/μL、CRP7・0㎎/dL(を超える値)といずれも上昇しており、総ビリルビン値は2・1㎎/dLでした。Y病院のB医師(内科)は急性胆嚢炎再発と診断し、絶食の指示や抗生剤の投与などを指示しました。Aは同月23日に死亡しました。
 争点は、B医師が平成25年1月にAの急性胆管炎を急性胆嚢炎の再発と誤診したかというものでした。
(2)判断(要旨)
 「科学的根拠に基づく急性胆管炎・胆嚢炎の診療ガイドライン」(平成17年第1版)は、平成25年1月当時、ガイドラインの発行から約8年が経過し、急性胆道炎診療の標準化が進みつつある段階にあったと考えられること、ガイドライン中の診療基準などの基本的部分は、一般的な内科医の診断指針となっていたものと認められることなどからすると、ガイドライン中の急性胆管炎の診断基準、重症度判定基準およびこれに応じた治療指針などの基本的な部分について、平成25年1月当時の一般的な内科医師の医療水準になっていたものと認められる。
 もっとも、医師がガイドラインと異なる診療行為をしたことをもって、直ちに医療水準に達しない診療行為に当たると評価することはできず、施設の状況や個々の患者の個別性に照らし、医師がガイドラインと異なる診療行為を行った合理的根拠があるかを吟味する必要がある。
 本件では、Aが高齢者で当時の各種検査結果(前記のほか詳細に認定)および前記診療ガイドラインからすると、Aは中等症急性胆管炎で、かつ、さらに重症化する危険性があったと認められるため、Aに対し、胆道ドレナージの実施か、実施可能な医療機関への転送が必要な状態にあり、それをしなかった医師の判断に合理的な理由があったとは認められない。

4 診療ガイドラインの位置付け
 医療現場で治療方針などを決定する際には、実際に医療に携わる医師の専門性や患者の価値観なども考慮されます。したがって、診療ガイドラインの記載のみで直ちに過失の有無が判断されることはありません。
 ただ、診療ガイドラインと異なった治療などを行った場合には、合理的な理由があったかが問題となります。裁判になった場合には、「~の理由により、診療ガイドラインと異なった治療方法を採用した」と説明し、そのことを裏付ける資料を提出するとともに、患者の同意を得た旨を示すことが重要です。「ガイドラインは一般的なものであり、医師に対して特定の行為を義務付けるものではない」という抽象的な反論だけではなく、具体的に説明することが大切だと思います。先ほどの事案では、医師が胆道ドレナージを実施するか、実施可能な医療機関に転送しなかった合理的な理由があったとは認められないとされたものです。
 診療ガイドラインとは異なった診療を適法とした裁判例として、東京高等裁判所平成16年12月28日判決・判時1964号59頁(診療ガイドラインが、策定当時の医療水準を示すことを認定した上で、当該分野における医学の進歩や患者の症状などを考慮して、診療ガイドラインとは異なる治療法の適応があるとして、医師の過失を否定したもの)、大阪地方裁判所平成23年1月31日判決・判例タイムズ1344号180頁(診療ガイドラインの記載は、医学水準として確立した治療方法であったとまではいえないとして、他の治療方法を是認)、東京地方裁判所平成24年12月27日判決・判例タイムズ1390号289頁(当該診療ガイドラインは、「推奨」にすぎず、個々の患者に処方する際の参照とすべきものと位置付けられていること、鑑定人3人のうち2人が医師の処方が裁量の範囲内であるとし、1人が不適切であるとはしていないことなどから、診療ガイドラインとは異なる処方を是認)などがあります。

5 診療ガイドラインの留意点
 診療ガイドライン作成の「目的」にも留意する必要があります。診療ガイドラインの中には標準的な治療方法を示すものもあれば、将来のあるべき医療を目指すものもあるようです。診療ガイドラインを証拠として裁判所に提出する場合には、代理人弁護士と相談して、その位置付けを示すことも大切だと思います。
 診療ガイドラインについて、「医事紛争や医療訴訟における判断基準を示すものではない」などという説明が診療ガイドライン中にされているものもあります。ただ民事事件においては、犯罪行為によって得た証拠などごく一部の証拠は違法収集証拠として証拠から排除されますが、それ以外はあらゆるものが証拠となり、それらの証拠を総合して判断されますので、診療ガイドラインも証拠になります。

6 まとめ
 診療ガイドラインに反したからといって直ちに医師の注意義務違反が認められるものではありませんが、診療ガイドラインと異なる治療方法などを取った場合には、その説明が求められるといえます。
 なお、医療裁判で診療ガイドラインが参照される機会が増えたことで「とにかく診療ガイドラインに従ってさえいれば、責任を負わない」という判断の下で医療行為が行われると、本来望ましいと考えられる医療とは違う方向に向かう恐れがあります。医師としては診療ガイドラインがあることを念頭に置きつつ、事案に応じた対応が求められているといえます。

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