政策解説 2024年同時報酬改定の焦点の検討―国の政策実現ツールとしての報酬―  PDF

はじめに
 2024年度は6年に1度の診療報酬改定・介護報酬・障害福祉サービス等報酬の同時改定の年であり、一方で医療計画・介護保険事業(支援)計画・国民健康保険運営方針・医療費適正化計画等、都道府県に策定義務の課せられた法定計画の見直しも行われる。国にとっては都道府県に策定させた計画が報酬改定によって実効性を持ち、机上の空論であった制度改革を地域・現場を巻き込んで実現させる契機である。同時改定をめぐる議論を一歩離れて俯瞰すると見えてくるのは、国による歳出抑制圧力の中で医療・福祉サービスの意義自体が歪められる姿である。
同時報酬改定のプロセス
 医療・介護・障害の報酬改定のプロセスはおのおの違う。診療報酬は社会保障制度審議会医療部会ならびに医療保険部会と中央社会保険医療協議会、介護報酬は社会保障審議会介護給付費分科会、障害福祉等サービス報酬は障害福祉サービス等報酬改定検討チームで議論される。基本的な考え方はいずれも年末に整理され、政府の予算編成を待って2024年の年明けから2月にかけて改定内容とりまとめとなる。
 無論、各審議体が自由に改定内容を決定するわけではない。基礎となるのは時の政権の方針であり、それを超える改定は行われ得ない。今日、社会保障にかかる方針は国の経済方針に従属している。経済財政諮問会議や全世代型社会保障構築会議のほか、医療・介護分野では医療介護総合確保促進会議などがある。それらにおいて決定された方針の実現が、国にとっての改定の意味である。
社会保障は歳出改革の対象
 骨太の方針2023には「次期診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬の同時改定においては、物価高騰・賃金上昇、経営の状況、支え手が減少する中での人材確保の必要性、患者・利用者負担・保険料負担への影響を踏まえ、患者・利用者が必要なサービスが受けられるよう、必要な対応を行う」とあり、3報酬に関する審議資料にも職員処遇改善(≒賃上げ)に言及する文言がある。真に受ければ、報酬引き上げの検討を期待させる。だが実際は厳しい改定となる危険性が高い。なぜなら国にとって社会保障分野は歳出改革(≒抑制)の対象でしかないからである。
 経済同友会の代表幹事である新浪剛史氏(サントリーホールディングス社長)が日本記者クラブでの会見で、国民皆保険制度について「民間主導の民間が投資していく分野で、国民皆保険ではなく、民間がこの分野を担っていったらどうか」と発言(2023年9月29日)して物議を醸したが(後に修正)、いかに大企業経営者が新自由主義的思考に浸りきっているかを象徴するものであった。小泉政権期に本格化した新自由主義改革(構造改革)政治は現政権においても継続中である。新自由主義改革は多国籍企業の競争力を阻害するあらゆる障壁を除去する(規制緩和)。そしてあらゆる公共の営みを民間企業に開放する。そうした立場から見れば、公費が社会保障へつぎ込まれているのは著しく不合理で非効率に映っているものと考えられる。
 岸田政権は新型コロナウイルス感染症パンデミックが露呈させた公衆衛生体制の脆弱さを医療・福祉の拡充ではなく関係者の「努力」に押し付ける一方、経済成長を至上命題にDX(デジタルトランスフォーメーション)・GX(グリーントランスフォーメーション)などへの人・金の投資を強めている。さらに3兆円もの財源を必要とする「異次元の少子化対策」さえ経済成長のための人的資源確保に向けた出生の奨励策であり、2023年 27年度で40.5兆円もの財源確保が求められる「防衛力増強」も国内での「防衛装備」開発や「防衛装備移転(輸出)」による経済効果への期待が込められている。これらの財源確保策には新たな税負担などとともに「歳出改革」が組み込まれており、来る「同時改定」は歳出削減の激しい圧力の中で検討されていることをリアルに捉えておかねばならない。
国が構想する医療・介護・障害の
サービス提供体制
 これら3報酬改定に関し、共通して取り上げられている視点は主に三つある1。
 一つは「地域包括ケア」である。「『治し、支える』医療」や医療・介護が「地域で完結して受けられるようにする」ことが強調され、医療では地域医療構想の推進、外来機能分化やかかりつけ医機能、介護・障害分野では医療ニーズの高い当事者への質の高いケアマネジメント、保健・医療・福祉などの連携が強調されている。
 二つめは「DX推進」である。医療DXによる医療情報の有効活用や遠隔医療の推進、介護分野では介護ロボットやICTなど、障害福祉分野では業務効率化のためのICTの活用が打ち出されている。
 三つめは「制度の安定性・持続可能性」である。医療分野では「経済財政運営と改革の基本方針2023等に沿った対応を行う」と極めて端的に表現されている。介護分野では「評価の適正化・重点化」「報酬体系の整理・簡素化」、障害分野では「利用者数・事業所数が大幅に増加しているサービスが見られる中」「サービス間・制度間の公平性や制度の持続可能性の確保が重要な課題」「メリハリのきいた報酬体系とする必要」と言及されている。
 地域包括ケアや現場職員の負担軽減、サービスの向上につながるデジタル化は否定するものではないが、その全てが「制度の安定性・持続可能性」と結ばれてしまうとその意味合いは変質する。基本に歳出改革(抑制)が据えられる限り、それら全ては給付抑制の手段化するのである。
急性期入院医療からの高齢者排除
 その具体例として取り上げるのが急性期入院医療からの高齢者排除の動きである。
 2023年6月14日開催の中央社会保険医療協議会総会で報告された「令和6年度の同時報酬改定に向けた意見交換会」の「主な意見」に次のようなものがある。「要介護の高齢者に対する急性期医療は、介護保険施設の配置医や地域包括ケア病棟が中心的に担い、急性期一般病棟は急性期医療に重点化することで、限られた医療資源を有効活用すべきである」。「要介護の高齢者」は文言である「急性期医療」の対象ではないと受け取れる。これに対し高齢者の受け入れ先として想定されるのは「地域包括ケア病棟」である。一方、医療も介護も人材不足であるから「まずは自施設の職員による対応力の向上を図」り「自施設で対応可能な範囲を超えた場合に外部の医療機関と連携して対応にあたるべき」「特養の配置医師」は常勤でなくてもよく緊急対応が困難なこともあるため、「要介護者に適した緊急時の対応、入院・医療についてのルール化、医療・介護の連携の制度化を進めていくべき」ともある。
 すでに中央社会保険医療協議会では具体化の議論がある。一般病棟入院基本料の「重症度、医療・看護必要度」の「B項目」の廃止論である。一般病棟における重症患者の基準はA項目:モニタリングおよび処置等、B項目:患者の状況等、C項目:手術等の医学的状況に整理されており、それぞれの得点を掛け合わせるなどして算出される。一般病棟で受入れるべき、診療報酬で考慮すべき急性期の入院患者であるかどうかの判定のための評価基準である。このうちB項目に手をつける意味は介助の手間を急性期の入院患者であることの基準から除外することとなり、高齢者を受け入れる病院側のインセンティブを潰すものであり、意見交換会での発言に合致する。
 一方で、高齢者等を「治し、支える医療」として「地域包括ケアシステム」における医療・介護・障害の連携で受け止め「時々入院、ほぼ在宅」を実現せよとの方針が示されている。在宅療養を支える資源として強調されるのが「かかりつけ医機能」である。かかりつけ医機能報告制度の2025年度実施を視野にかかりつけ医機能関連点数の体系的見直しが予想される。浮上しているのは特定疾患療養管理料の見直しである。200床未満の病院・診療所の算定する生活習慣病を管理する評価(≒かかりつけ医機能の評価)に地域包括診療料・加算、生活習慣病管理料があるが、いずれも算定は低調である。従来より多くの医療機関が算定するのは特定疾患療養管理料(地域包括診療加算と併算定可。算定要件に「プライマリ機能を担う医師」と明記)である。生活習慣病管理料は「療養計画書作成、計画書に署名を受けること」「自己負担額への理解が得にくい」等の理由から、地域包括診療料・加算は「24時間対応薬局との連携」「常勤医師の配置」等の理由から算定が伸びないと考えられる。かかりつけ医機能推進の観点からは地域包括診療料・加算の算定への対応強化が予想されることから特定疾患療養管理料の大きな見直しが予想され、開業医への甚大な影響が危惧される。
医療現場において
生命の価値に差別を持ち込むこと
 以上はほんの一例だがこうした改定をめぐる議論は、国による激しい歳出抑制圧力と医療提供体制の脆弱性から生み出されたものと捉えることができる。新型コロナウイルス感染症の体験を通じて国は高齢患者によって医療がひっ迫し、医療崩壊を招きかねないと捉えた。その対応策として医療拡充ではなく高齢者の排除が選択されようとしている。一方でACPやDNARが「自己決定支援」の名でさらに強調されていることを重ね合わせると国が報酬改定を通じ、「年齢」や「要介護認定」の有無をもって生命の選別による医療提供体制の効率化へ大きく踏み出そうとしているようにも見える。生命を守る医療現場にその差別が持ち込まれることを医療者として看過すべきでない。
 本来、報酬改定は歳出抑制の手段ではない。人々の生命を保障するための議論がなされ得ない日本の経済財政自体の転換が求められている。(政策部会)

参考文献
1 「令和6年度診療報酬改定の基本方針の検討について」(2023年9月29日・第168回社会保障審議会医療保険部会)、「令和6年度介護報酬改定に向けた基本的な視点(案)概要」(2023年10月11日・第227回社会保障審議会介護給付費分科会)、「令和6年度障害福祉サービス等報酬改定に向けた主な論点(案)」(2023年8月31日、第35回障害福祉サービス等報酬改定検討チーム)を参照。

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