鈍考急考 44 原 昌平 (ジャーナリスト) 福島原発・汚染処理水の論点を整理する  PDF

 自分の立場や有利不利のために都合よく主張することをポジショントークと言う。近年生まれた和製英語らしい。
 福島第一原発からの汚染処理水放出をめぐる言論の状況は、ポジショントークが多くて、うんざりする。
 科学的とは、批判的検討を含めて事実を検証しつつ、論理的かつ冷静に考えること。
 政府が科学的だと言ってるから、IAEA(国際原子力機関)が許容したからと言うのも、わずかでも危険だと言うのも、科学的ではない。
 このテーマを科学的に論じるのは簡単ではない。物理、化学の基礎知識を前提に、数量的な評価もして、自分の頭で理解する必要がある。
 大事なのは、三つの論点に分けて問題を整理すること。
 ①海洋へ放出せざるをえない事情があるのか②薄めて放出すれば、どうってことないのか③社会的・政治的な配慮は足りているか。
 これらをごっちゃにして議論してはいけない。
 ①で最初に確認しておきたいのは、有害物質は、放出せずに済むなら、放出しないほうがよいということだ。
 放射性物質は、化学的な有害性と違って、保管していれば時間とともに減っていく。トリチウム(三重水素)は12・3年ごとに半減する。
 それなのに放出するのは、デブリ(溶融した核燃料)の周りに地下水の流入が続き、それをALPS(多核種除去設備)で処理した水の量がどんどん増えて、タンクが満杯に近づいたという理由だ。
 廃炉のためという説明は、デブリを取り出す方法さえ見通しが立たず、関係ない。
 トリチウムを低コストで除去する技術は、近畿大、東京理科大や複数の企業が開発したと発表している。それらをなぜ使えないか、説明がない。
 地下水の流入を減らす、タンクを増やす、コンクリ固化するといった手段はどうなのかも、説明は足りない。
 ②の安全性はどうか。自然環境にもトリチウム、カリウム40などの放射性物質はあり、トリチウムに限れば、放出される濃度と総量は、さほど大きくないようだ。ただし放射性物質の生体影響はよくわかっていない部分がある。
 焦点は、デブリに接した汚染水から、他の放射性核種をどこまで除去できているか。安全と言う側が、十分なデータを公開する責務がある。
 ③の社会的・政治的な面はお粗末だ。漁業者の怒りは当然で、輸出減による打撃を予測しなかったのも甘すぎる。
 中国だけでなく、太平洋の島国からも反発が多い。やがて海流や水蒸気が流れてゆく北米の反応も気になる。
 そもそも、原発は絶対安全と説明していた日本が起こした重大災害。事故の後、安倍元首相はアンダーコントロールと胸を張っていた。結局、手に負えずに放出するなら、ごめんなさいと頭を下げて説明に回るべきだろう。
 反対するのは非科学的でけしからん、という態度は居丈高ではなかろうか。
 東電や関係先に中国からかかる電話を「嫌がらせ」と報道するメディアも異様だ。多くは抗議電話ではないのか。
 放射性物質以上に危険なのは、今の世情かもしれない。

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