医師が選んだ医事紛争事例 186  PDF

チェック体制の不備が招いた事故

(40歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は血便があり、本件医療機関の消化器内科を受診した。医師は、大腸ポリープ、大腸がん、炎症、潰瘍を疑い、内視鏡検査を予定した。5日後の再受診の際に、医師はブスコパン(消化管運動抑制作用剤)を指示したが、看護師が誤ってボスミン(血管収縮剤)を用意し、医師はそのまま患者に注射した。患者は意識はあったが血圧などが不安定となり、医師が救急車に同乗の上、A医療機関に搬送され「カテコラミン心筋症」で5日間の入院となった。患者は退院から6日後に職場復帰となったが、復帰から2日後、仕事中に気分が悪くなり、胸背部痛を主訴にA医療機関に救急搬送された。しかし、A医療機関では心原性の疾病は否定的と診断され帰宅指示となり、その当日職場に復帰した。
 患者は、金額は明確にしなかったが、誤投薬に関して賠償請求する意向を医療機関側に示した。
 医療機関側は、誤投薬に関しては明らかな医療過誤であり、A医療機関の医療費をすでに支払うとともに、医師も患者宅を訪問してあらためて謝罪した。この医療機関では、劇薬を扱う際、医師が指示してから注射をするまでに、通常3人の看護師が薬剤名をトリプルチェックしていたが、今回はそれを怠っていたことと、医師も薬剤を確認せずに注射したことが事故の原因とした。今後の対策としては、本来のチェック体制を徹底することと、極力、専任の看護師をその部署から異動させないように工夫するとのことだった。また、院長は独断で患者側に対して事故の内容などを記した文書を提出することを確約したため、文書を提出せざるを得ない状況となった。
 紛争発生から解決まで約2年2カ月間要した。
〈問題点〉
 以下の点から医療過誤が認められた。
 ①医師の指示を受けた看護師が薬剤を取り間違えた。
 ②通常行っていたトリプルチェックを怠った。
 ③医師も薬剤の確認をせずにそのまま注射した。
 なお、本件医療機関の院長が文書を提出する約束を患者側とした以上、断ることは難しいと思われるが、医療過誤が明白な場合であっても基本的に患者側に文書を渡さないことが肝要である。なぜならば、患者がその文書をどのように使用するか、いわゆる「文書の一人歩き」が危惧されるからである。今回のように文書を提出せざるを得ない場合は、せめて事前に第三者(医師団体等)にチェックしてもらうべきである。
 また、協会との懇談の際に、医療機関の担当者はヒューマンエラーであったことを繰り返し主張したが、ヒューマンエラーと患者側に伝えると看護師個人への責任追及になり兼ねない。本件は、チェック体制の不備といったシステム上の問題が原因であり、医療機関全体の責任であることを認識すべきである。職場復帰後にA医療機関に救急搬送された際の医療費は、患者の協力を得られなかったため、事故との因果関係が不明であり損害賠償の対象外とした。
〈結果〉
 医療機関側が全面的に過誤を認めて、誠意ある謝罪を行い、賠償金を支払い示談した。

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