鈍考急考 43 イラっとくる日本語 原 昌平(ジャーナリスト)  PDF

 言葉は、けっこうなスピードで変化する。流行語もあれば死語もある。地域や年齢による違いも、感性の個人差もある。これが正しい、これは間違いと簡単には言えない。
 とはいうものの、イラっとくる日本語が、筆者にとっては、いくつかある。
 一番手は「させていただきます」。おそらく10年ぐらい前から急速に、あちこちで耳にするようになった。
 これは謙譲語の一種。えらそうにならないよう、相手の許可や指示に感謝するかのように表現する。使う人が増えたのは、主体的決定を避けたがる日本社会の風潮を反映しているのかもしれない。
 にしても、言い回しが長ったらしくて、音節も多い。
 たとえば、会合の司会者が「開会させていただきたいと思います」などと言う。
 「始めます」で済むのに、3秒ほど余分にかかる。そんなのを積み重ねると、1時間の会合でも数分が失われる。
 「カンカできない」と語る人も増えた。看過という熟語はあるが、「見過ごせない」のほうがわかりやすい。「躊躇する」より「ためらう」のほうがやさしいのと同じで、意味は全く変わらない。
 「人口に膾炙する」を使う人もいる。スッと意味がわかる人は多くないし、漢字はよう書かんでしょ。
 漢字や熟語の多いほうが立派という勘違いがあるのかもしれない。行政関係者や学者の書く文章にしばしばみられる傾向で、一般市民にもそう思い込んでいる人は多い。
 文芸はともかく、社会生活で肝心なのは、相手にしっかり伝わるかどうか。
 そのためには日本語の特性も認識しておきたい。発音は簡単、文字の種類と読み方が非常に多い、同音異義語が多い、オノマトペが豊富……。
 自然の言語に良し悪しや優劣はないけれど、日本語の弱点と感じる点はある。
 敬語があるのは重要な特徴だが、尊敬語の「れる・られる」が受動態と同じ形なのは、混同を招きやすい。
 「なければならない」といった義務形の言い回しが長すぎる(方言に短くて良いのはないだろうか?)。
 述語が最後にくるので、結論がなかなかわからない。
 文脈から推定できる主語や目的語を省くのも日本語の特性で、文をスリムにできる。だが、特に使役形や受動態が交じると、誰が誰にという関係の把握に一瞬、頭を使う。
 たいていは意識にのぼらない瞬間的な脳内プロセスだが、文章を読むとき、推定や分析のプロセスが多いと、脳がくたびれる。長くて複雑な構造の文は当然、わかりにくい。
 高校教育への「論理国語」の導入をめぐって論争があった。問題は、実用文を読解・作成する教育訓練が足りないことで、文学を否定する意図はないと思うが……。
 もう一つ、大きな課題は国際化。日本語はマイナーな言語ではない。日本に暮らす外国人と日本語で意思疎通する機会も多くなった。「やさしい日本語」の手引きを文化庁や自治体が出している。
 そういう場面で有用なのは、率直でシンプルな表現だ。
 なので、今後も率直に書かせていただきます。ん?

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