万が一の時にそなえて!現役裁判官が解説します 医療訴訟の基礎知識 vol7 大阪高等裁判所 部総括判事 大島 眞一  PDF

「転送義務」のおさえておきたい三つの要件 ~総論編

 今回は医師の転送義務について考えてみます。次回は開業医に絞った転送義務について考えますので、その前提となる事項です。

1 転送義務の根拠
 医師は、物的設備や人員の関係で、医療水準とされている診療行為を自ら行うことができない場合には、患者を適切な医療機関に転送して適切な医療行為を受けられるようにすべき義務があります。
 例えば、開業医が医院を訪れた患者を診察した結果、手術を要すると考えた場合、当該医院では対応できず、より高次の医療機関に転送するほかないことがあります。この場合、当該医院で手術をしなかった過失を問われることはありませんが、他の医療機関に転送させるなどの適切な措置をとるべき義務があり、転送の遅れが過失として問われることがあります。
 転送義務は、診療契約上の義務に含まれると考えられています。医療法1条の4第3項において、「医療提供施設相互間の機能の分担および業務の連携に資するため、必要に応じ、医療を受ける者を他の医療提供施設に紹介」することを規定しています。

2 転送義務が生じる三要件
 次のいずれの要件も満たす場合には、転送義務が生じると考えられます。
 ①重大なあるいは緊急性の高い疾患が疑われる(具体的な疾患が確定している必要はありません)
 ②その疾患が当該医療機関の医師の専門外である、あるいは人的態勢・物的設備の関係で医療水準にかなった治療などをすることが困難
 ③搬送可能な転医先が存在し、その承諾が得られている
 訴訟では、転送の時期について、患者側は遅すぎて転送された時にはすでに手遅れであったと主張し、医院側は患者の症状などからして転送が遅すぎたことはないと主張し、「転送の時期が相当であったか」が争点となることが多いです。
 早期に高次医療機関に転送すれば悪い結果を回避することができ、それだけ安心であるということはできますが、もともと医療機関によって人的態勢・物的設備は異なり、有効に利用するために、1次救急から3次救急までの救急医療体制が採られており、3次救急の高度医療機関に患者が集中することは避ける必要があり、早期に高次の医療機関に転送すれば足りるというものではありません。
 例えば、東京地裁平成23年4月27日判決(判例タイムズ1372号161頁)は、急性心筋梗塞の患者について、患者の臨床症状および心電図検査の結果が心筋梗塞の典型的な症状ではなく、適切な振り分けの観点から、専門医療機関に転送することは適切ではなく、受入れが拒否される場合もあるとし、このような観点も加味して転送義務を否定しています。
 他方、確定診断をつけようとして各種検査を行っていると、患者の状態が急速に悪化し、転送してもすでに手遅れであったということにもなります。
 抽象的にいえば、患者の状態からして、当時の医療水準に照らし、より高次の医療機関に転送させるべき必要が生じた時点において、医療機関に患者を転送すべき義務が生じることになります。より具体的には、①患者の疾患の種類、程度、現在の容体などの患者側の事情②当該医療機関の性質、設備内容、担当医師の経験などの医療機関側の事情―を総合的に考慮して、転送義務が生じたかが決まると考えられます。

3 最高裁の判断
 控訴審(仙台高裁平成18年6月15日判決)が転送義務違反があるとしたのに対し、最高裁平成19年4月3日判決(判例タイムズ1240号176頁)はそれを否定して破棄した事案を見てみます。
(1)事案
 統合失調症によりYの開設する精神科病院である甲療養園に入院していたAが、消化管出血による吐血などの際に吐物を誤嚥して窒息死したことについて、適切な時期に転院させなかった過失があったか(他に気道確保義務違反があったか)が争われました。
 Aが死亡した日の経過は次の通りです。
 早朝、看護師が巡回したところ、Aの衣類が吐物で汚染され、少量の吐血が認められたため、担当医師は消化管出血を疑い、内服薬を投与して様子を見た上で、胃腸科の専門病院に内視鏡検査を依頼することとしました。
 Aは、朝食および昼食を摂取した後の15時30分頃、体温上昇、脈微弱、唇色不良などの症状を呈したため、担当医師の指示により、強心剤の注射、酸素吸入および点滴が行われました。Aは16時50分になって、多量に吐血、嘔吐し、脈が触れず、意識もなくなり、吐物吸引などの措置がとられましたが、17時14分、吐物誤嚥による呼吸不能(窒息)のため死亡しました。
 仙台高裁判決は、15時30分の時点で転送義務違反などがあるとしました。
(2)最高裁判決
 「原審が転送義務違反等があるとした15時30分の時点では、Aは発熱等の症状を呈していたというだけであり、Aの意識レベルを含む全身状態等について審理判断することなく、この時点でAがショックに陥り自ら気道を確保することができない状態にあったことを前提として、医師に転送義務または気道確保義務に違反した過失があるとした原審の判断を是認することはできない」
 最高裁判決は仙台高裁に事件を差し戻し、仙台高裁平成19年12月21日判決は、医師に過失は認められないとして、Aの遺族の損害賠償請求を棄却しました。

4 転送の方法
 転送のためには転送先の医療機関を選定する必要があります。転送先としてどの医療機関を選定するかは、患者の状態や受入医療機関の人的態勢・物的設備、患者を搬送する時間などを考慮して医師が決めることになります。救急医療の場合には、当該地域の医療機関において、一定のルールを決めていることがあるようですので、それに則って処理することになります。
 仮に、緊急に搬送する必要が生じ、医院において適時に転送先の選定を行いましたが、依頼先の医療機関がたまたま専門医の不在、満床などのために見つからず、そのために転送が遅れた場合には、当該医院としては、できるだけの努力をしているのであり、過失を問うことはできないと考えられます。
 他方、受け入れを拒んだ医療機関についても、受け入れが不可能な状況であった場合には責任を問うことはできません。
 転送が遅れたのに誰も責任を負わないでよいのかという問題がありますが、この点は、その地域全体の医療体制に関するものであり、個別の医療機関の責任を問うことで解決できるものではないように思います。

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