『七三一部隊と大学』出版記念 被害者視点で振り返る七三一部隊 生命倫理を重視し、過ち繰り返さない 医療従事者と市民のための学習講演会 ―未来の考究のために―  PDF

 保険医協会ときょうされん京都支部、(公社)京都保健会、京都民主医療機関連合会でつくる実行委員会は、書籍『七三一部隊と大学』の出版記念として学習講演会を5月27日にウェブで開催した。はじめに小泉昭夫氏(京都大学医学研究科名誉教授)より今回の出版への祝辞があり、吉中丈志氏((公社)京都保健会理事長)の「七三一部隊と大学―未来の考究のために―」、岡本晃明氏(京都新聞社論説委員)の「調査報道『ハンセン病患者 戦争中に人体実験』をめぐっての問題意識」の講演後、「現在と未来のために」と題して吉中氏と岡本氏が対談した。参加者は120人。

 小泉氏は自身の調査を通して、京都大学公文書館には戦時中の科学研究費の資料が保存され、他大学で失われた戦時研究の発見につながるものがあると報告。これらの過去の資料の系統的な研究が重要だと述べた。
医学に必要な
社会科学の視点
 吉中氏は、今回の出版に至った問題意識を挙げ、七三一部隊の問題を個人の責任にしては今後の重要な教訓にはならないと指摘し、非人道的な人体実験を繰り返さないために振り返ることが医学者の責任だとした。書籍は「戦後、被害者家族から聞いた話」と章立てし、被害者の視点を取り上げていることが特長である。吉中氏は現在も日本軍の遺棄化学兵器による被害は続いているとし、戦後70年以上が経っても、戦争犯罪とその犯罪を隠蔽して罪を逃れたという二重の罪が問われていると強調した。
 また、「医学の基礎は数学、物理学、化学、実験生物学であって社会科学や哲学は除外する(正路倫之助著『医学とはなにか』)」という自然科学主義の流れは現在も続いていると指摘。国が進めている「Society 5.0」は経済発展と社会的課題をIOTやロボット、AIなどで解決するとしているが、技術頼みでは問題解決にはならない。さらに現在の医学教育の問題は社会科学を学ばないことで、これでは人間の尊厳や人権の理解は深まらないと懸念を示した。その上で、大学や医学界への提言として、大学医学部に生命倫理の研究拠点を設置すること、日本学術会議に生命倫理委員会を置くことを挙げた。
人脈図から
資料を読み解く
 岡本氏はこれまでの取材経験から、廃棄される一次資料の重要性に注目。今回の執筆で、七三一部隊隊長の石井四郎の恩師である京都帝国大教授の清野謙次を中心に、人脈から資料を読み解いた過程を紹介した。清野はスペイン風邪や冷戦などの医学以外の社会問題についても多くコメントを述べているエピソードから、当時の社会的な影響力が伺える。また、石井四郎の他、清野の弟子世代の石川太刀雄、林一郎など狭いエリート層で作られる子弟関係の中で、当時さまざまな研究が繰り広げられていた。これらは人の名前に注目することで、あらゆる分野を超えた膨大な資料のつながりから見えてきたものだとした。
 岡本氏は熊本日日新聞と連携取材した国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園の入所者への虹波実験を通して、当事者が記録開示を求めることが重要とした。当事者からの求めでないとプライバシーの関係で情報開示されないことも多い。埋もれている資料はたくさんあるが分散している現状に対し、アクセスする意思を持ち、広い視点での取材の重要性を述べた。
医学の倫理を育む
ためにできることは
 対談では、まずローカルな資料や海外の資料の可能性と展望について意見交換した。吉中氏は七三一部隊関連の直接的な資料以外でも高齢者施設の入所者の七三一部隊にいたという証言や海外の人体実験に関する研究者の手紙などを例に、貴重な資料の発掘と保存の重要性を述べた。岡本氏は公開情報はインターネットベースで閲覧できるようにすべきと指摘した。
 さらに、岡本氏は七三一部隊の実態を明らかにするためには一次資料が重要で、医学者がこれらの資料をレビューする意義は大きいと強調した。吉中氏は岡本氏が取材した菊池恵楓園の虹波の実験は名目上はハンセン病の治療のためとされていたが、科学性・倫理性とも欠ける実験だったと指摘。同時期にアメリカで行われていたハンセン病の治療薬「プロミン」の開発実験とは随分違いがあるとした。
 岡本氏は七三一部隊の資料を読み解く中で、世の中で流行っている項目を入れておけば、研究として認められるという風潮を感じたが、これは現代でも通じるのではと投げかけた。吉中氏は2000年半ば頃に日本の遺伝子組み換えの研究で、CIAから研究を止められたことがあったことを紹介。さらに最近では経済安全保障の面で、研究者にもセキュリティ・クリアランス(機密情報にアクセスできる資格者を政府が認定する制度)をクリアしなければ研究できない可能性が生じる議論になっていると指摘した。
 岡本氏は文科省が今年、国際卓越研究大学制度を創立し、10兆円規模のファンドで大学を作る動きについて、これまでの問題意識からどう見ていくべきかと疑問を投げかけた。吉中氏は理研の有期雇用の研究者の雇止め問題を挙げ、日本のリソースをしっかりと国際的に生かしていくことが重要と応じた。
 最後に、吉中氏は「アウシュビッツを知っていても七三一部隊を知らない日本の医学生は少なくない。医の倫理を学ぶためのしっかりとしたテキストを作る必要がある」と語った。
 ※文中の人物の敬称は略した。
 『七三一部隊と大学』発行所:京都大学学術出版会、編者:吉中丈志、2022年4月10日初版発行

小泉氏
吉中氏(上)、岡本氏(下)

ページの先頭へ