万が一の時にそなえて!医療訴訟の基礎知識 vol6 現役裁判官が解説します  PDF

大阪高等裁判所 部総括判事 大島眞一

エホバの証人

 2023年3月31日に厚生労働省子ども家庭局(当時)から「宗教の信仰等を背景とする医療ネグレクトが疑われる事案への対応について」の通知が発出されました。その中で、一部の宗教を信仰する保護者がその監護する児童に輸血などの医療を受けさせないことは、ネグレクトや心理的虐待に該当するとの考えを示したこともあり、今回はエホバの証人事件(最高裁判所平成12年2月29日判決・民集54巻2号582頁)を取り上げます。

1 事案の概要
 エホバの証人の信者である患者Xは、いかなる場合にも輸血を拒否する固い意思を有していました。Xは、悪性の肝臓血管腫と診断され、輸血を伴わない手術を受けることができる医療機関を探していました。
 Y病院においては、患者がエホバの証人の信者である場合、輸血を受けるのを拒否することを尊重し、できる限り輸血をしないことにするが、輸血以外には救命手段がない事態に至った時は、患者およびその家族の諾否にかかわらず輸血する方針を採用していました。
 Xは、平成4年8月18日、Y病院に入院し、同年9月16日に肝臓の腫瘍を摘出する手術を受けましたが、入院期間中、Y病院のA医師らに対し輸血を受けることができない旨を伝えていました。
 Xは、手術の2日前に、A医師に対し免責証書を手渡しましたが、そこにはXは輸血を受けることができないことおよび輸血をしなかったために生じた損傷に関して医師および病院職員などの責任を問わない旨が記載されていました。
 A医師らは、同年9月16日、輸血を必要とする事態が生ずる可能性があったことから、その準備をした上で本件手術を施行しました。患部の腫瘍を摘出した段階で出血量が約2245?に達するなどの状態になったので、A医師らは、輸血をしない限りXを救うことができない可能性が高いと判断して、輸血しました。
 Xは、Y病院を退院したのち、約5年後に死亡しました。
 Xの相続人らが、Y病院を設置、運営している国および手術に携わったA医師らを相手方として、輸血したことが義務違反にあたるなどを理由に損害賠償を請求しました。
 1審(東京地裁平成9年3月12日判決)は請求を棄却しましたが、控訴審(東京高裁平成10年2月9日判決)は50万円(他に弁護士費用5万円)を認容しました。Y病院は請求が認められたことに不服があるとして、Xの相続人は認容額が少な過ぎるとして、双方が最高裁に上告しました。

2 最高裁判所の判断
 最高裁判所は、以下の理由を述べて双方の上告を棄却し、控訴審判決(55万円の支払)は確定しました。
 「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない。
 そして、Xが、宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有しており、輸血を伴わない手術を受けることができると期待してY病院に入院したことをA医師らが知っていたなど本件の事実関係の下では、A医師らは、手術の際に輸血以外には救命手段がない事態が生ずる可能性を否定し難いと判断した場合には、Xに対し、Y病院としてはそのような事態に至った時には輸血するとの方針を採っていることを説明して、Y病院への入院を継続した上、A医師らの下で本件手術を受けるか否かをX自身の意思決定に委ねるべきであったと解するのが相当である。
 ところが、A医師らは、本件手術に至るまでの約1カ月の間に、手術の際に輸血を必要とする事態が生ずる可能性があることを認識したにもかかわらず、Xに対してY病院が採用していた前記の方針を説明せず、Xらに対して輸血する可能性があることを告げないまま本件手術を施行し、輸血をしたのである。
 そうすると、本件においては、A医師らは、前記の説明を怠ったことにより、Xが輸血を伴う可能性のあった本件手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪ったものといわざるを得ず、この点において同人の人格権を侵害したものとして、同人がこれによって被った精神的苦痛を慰謝すべき責任を負うものというべきである。
 (Xの相続人らが主張する慰謝料額の不服に対し)原審(東京高判)の裁量に属する慰謝料額の算定の不当をいうものであって、採用することができない。」

3 最高裁判決の解説
 本判決は、輸血を拒否している患者に対し輸血したことが医師の注意義務に反するとしたものではありません。この点、誤解している医師がおられるように思います。
 あらかじめ患者から外科手術時の輸血拒否の意思が明示的に示されている場合には、輸血することがあることを説明すべきであり、説明をしないまま輸血したことが輸血を受けるか否かの意思決定をする権利を奪ったという判断をしています。
 つまり、本判決は、①患者Xが宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を受けることを拒否するとの固い意思を有し②そのことをA医師らに説明し、A医師らはそれを知っており③手術の際に輸血以外には救命手段がない事態が生ずる可能性を否定し難いと判断していた場合には④手術に至るまでの約1カ月の間に、医師は患者に対し輸血する可能性があることを告げるべきであったというものです。
 このような説明を怠ったために、患者は本件手術を受けるべきか否かの意思決定をする権利が奪われたとして慰謝料50万円が認められています。

4 説明
 いかなる場合にも輸血を拒否するいわゆる「絶対的無輸血」の意思について、保護すべき自己決定権といえるかは争いがあります。宗教上の信念に基づく患者の自己決定権を尊重すべきであるとする見解とおよそ人の生命は崇高なものとして尊重されるべきであるとする見解の衝突の場面とされています。
 輸血を伴う可能性のある手術を実施する場合、前記の最高裁判決の事例のように、直ちに手術をしなければならないような緊急性がない時には、輸血を拒否する患者に対して、転医するか、当該病院で輸血を伴う可能性のある手術を受けるかを選択してもらうことになります。転医しなければ、その患者は当該病院の意向に従ったものと考えられますので、手術時に輸血をしても注意義務違反にはなりません。
 他方、緊急時で直ちに輸血をしなければ死を免れない、あるいは重大な後遺症が残る可能性が高いが、患者が輸血を拒否した場合にはどう考えるべきでしょうか。
 この点に関する最高裁判決はありません。緊急性が高い場合であっても、患者の意思に反して輸血を行った場合には法的責任を免れないとする見解もあります。
 しかし、患者の選択に委ねる時間的余裕がない状態で、患者が輸血を拒否することは、自殺行為に等しく正常な判断能力を有する意思決定とは解し難いと思います。救命するための治療をしたことが法的に問題となるとは考えられません。
 法的には、緊急時に輸血を拒否する本人の意思が公序良俗に反すると考え、患者の同意がなくとも、事務管理(法律上の義務のない者が他人のために他人の事務の管理を行うこと)に当たり、治療をしたことは違法ではないと考えられます。
(「事務管理」とは、分かりにくい用語ですが、例えば、隣家が海外旅行中に台風で屋根が飛ばされ、雨水の侵入を防ぐために屋根の修理をした場合、隣家の同意がなくても、違法ではなく、要した費用を隣家に請求できるというものです。)

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