政策解説 療養の給付を申請主義におとしめてはならない「保険証廃止」のマイナンバー法改正法案等  PDF

 3月7日に国会提出された「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律等の一部を改正する法律案」(マイナンバー法等改正案)が審議中である。同法案には「マイナンバーの利用範囲の拡大」「マイナンバーの利用及び情報連携に係る規定の見直し」「マイナンバーカードの普及・利用促進」「戸籍等の記載事項への『氏名の振り仮名』の追加」「公金受取口座の登録促進」と並んで「マイナンバーカードと健康保険証の一体化」が盛り込まれた。オンライン資格確認義務化に端を発する健康保険証の廃止を図るものである。
 デジタル庁が示す「マイナンバー法等の一部改正法案の概要」は、「健康保険証を廃止するとともに、マイナンバーカードによりオンライン資格確認を受けることができない状況にある人が、必要な保険診療などを受けられるよう、本人からの求めに応じて『資格確認書』を提供する」と説明している。

■資格確認書を交付しても保険証廃止による受療権後退は避けられず

 保険証廃止を含む健康保険法等の一部改正等は「公布の日から起算して1年6月以内」に施行とされ、2024年秋の保険証廃止が目指される。廃止後はマイナンバーカードを用いたオンライン資格確認が基本となるが、紛失や未取得などの理由で同カードを使用できない人を対象に、保険者が新たに発行するのが「資格確認書」である。
 「資格確認書」は「被保険者またはその被扶養者」が「電子的資格確認」(オンライン資格確認)を受けることができない状況にある時に、「資格に係る情報」が記載された「書面」もしくは「電磁的方法」(具体的意味は不明)による交付を求めることができ、保険者は求めがあった場合、速やかに交付せねばならないとされる。同確認書には医療機関が氏名、生年月日、被保険者記号・番号、保険者資格を確認できる内容の他、自己負担割合も記載される予定だ。有効期限は「1年を限度」とされ、被用者保険、国民健康保険、後期高齢者医療制度などの各保険者が発行する。
 周知の通りマイナンバーカードの取得・保持は任意であるが、それにもかかわらず健康保険証廃止によって保険医療機関に受診できない人を発生させることは許容されない事態である。だからこそ資格確認書が準備されるといえよう。だがそれでもなお、保険証廃止自体が国民皆保険制度における受療権の著しい後退、不利益変更であることは明白である。
 国民皆保険制度の基盤である「国民健康保険法」は第1条(この法律の目的)に「社会保障および国民保健の向上」をうたう。社会保障制度である以上、この国に暮らす全ての人に対して普遍的に医療保障がなされるべきである。第5条(被保険者)は「都道府県の区域内に住所を有する者は」「国民健康保険の被保険者とする」と定義しており、国保は強制加入である。健康保険法等の被保険者等「適用除外」(第6条)対象者でない限り、住所を有する者は被保険者である。そして運用上、保険医療機関を受診する際に被保険者証の確認が求められている以上は、被保険者証は全被保険者へ無差別・無条件に国から各保険者を通じて交付されるのが論理上当然である。
 だが健康保険証を廃止すると、マインナンバーカードを保険証として使用するにも、資格確認書が交付されるにも、本人の「求め」すなわち申請が必要になる。これは受療権へ新たな「申請主義」のハードルを持ち込むことに他ならない。極論すれば日本の国民皆保険制度は申請した者(希望した者)だけに療養の給付を保障する仕組みへと大きく後退する。これは国による社会保障責務の大幅な後退である。

■医療DXによる給付と負担の明確化の先駆けとしての短期被保険者証廃止

 さらに看過できないのが、保険証廃止に連動した国民健康保険制度と後期高齢者医療制度における「短期被保険者証」と「資格証明書」の廃止である。
 協会も含めた医療団体や住民は、長年にわたり資格証明書制度を批判してきた。資格証明書は「特別な事情」がないまま1年以上保険料を滞納していると、被保険者証に代えて交付される。そうなると療養の給付が「特別療養費払い」(償還払い)に代えられ、患者は保険医療機関の窓口でいったん全額(10割)を支払わねばならず、事実上医療を受けることができなくなる。これは保険料支払いの有無と生存をリンクさせるに等しく、社会保障の原理と矛盾した制度である。
 そこで地域における住民らの対抗運動は保険者(地方自治体)に対し、資格証明書を交付させず、せめて短期被保険者証を交付させ、自治体職員が滞納状態に陥った被保険者へ寄り添い、生活全体を把握し、相談しながら滞納解消を目指すように求めてきた。
 本法案は資格証明書を廃止し、「特別療養費の支給に変更する旨の事前通知」に代えるとしている。国は、市町村が1年以上保険料を滞納した被保険者を機械的に特別療養費の対象へ移行させることなく、特別療養費に至る前の段階からの納付勧奨・相談、支払えない「特別な事情」の適切な把握など、慎重な運用を求めるという。だが短期被保険者証廃止は市町村にとって、保険料を滞納する被保険者が特別療養費の対象にならないようにするための重要な手段を奪うものである。これまでであれば自治体職員と地域の運動によって現場レベルで資格証明書交付を食い止めることで回避できた、「医療にかかれない」事態を防ぐ仕組みが失われるのである。
 一方、医療機関はオンライン資格確認システムにより、患者が特別療養費の対象であるかどうかが分かる。また新たな資格確認書にも特別療養費の対象者である旨が記載されるという。つまり、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)において「負担と給付」の関係は個人単位で把握される。地方自治体の国保行政における裁量が制限され、保険料の支払状況がよりダイレクトに受療権保障にリンクされる事態が危惧される。

■「デジタル社会」実現への暴走

 一方、国会には「デジタル規制改革推進の一括法案」も提出されている。これはデジタル社会形成基本法を改定し、「デジタル規制改革」を国の基本方針として、「デジタル技術の効果的な活用が規制により妨げられないようにする必要な措置が講じられなければならないこと」を定めている。すなわち、国の思惑によるデジタル社会の実現を阻害すると彼らが考える既存の制度・施策の強引な改変を目論むものである。
 その前提が「一括見直しプランに基づくアナログ規制の見直し」である。国は「代表的なアナログ7規制」として、①目視②定期検査・点検③実地監査④常駐・専任⑤書面掲示⑥対面講習⑦往訪閲覧・縦覧を挙げ、これら規制の大部分を「当該法令の規定にかかわらず」「主務省令で定めるところにより」見直す方針である。
 「アナログ規制」は実に「約1万条項」とされる。与党・自由民主党のホームページは2023年1月13日付の記事で、具体的な「規制の種類」「規制の見直しの例」を示しており、「常駐・専任」の項には「勤務時間中病院等に常時滞在しなければならない管理者について、管理体制が確保されている等の要件の下で、常時滞在を求めない」(期限2023年3月)ことを例示している点に注視が必要である※。
 デジタル社会の実現を国の基本方針に据え、法改定さえ省略し、政府解釈で規制を解除していく姿勢は民主主義国家の姿ではない。一方、マイナンバー法改正案の「マイナンバーの利用及び情報連携に係る規定の見直し」には、「法律でマイナンバーの利用が認められている事務について、主務省令に規定することで情報連携を可能にする」ことが盛り込まれている。マイナンバーを通じて得た人々の情報の活用・連携についても、国がフリーハンドで活用できるよう目指しているのである。
 オンライン資格確認義務化と保険証廃止の背景にあるのは、国によるデジタル社会の実現を御旗とした暴走であると言わざるを得ない。
 協会はこうした問題を指摘して厚生労働大臣宛に3月23日、「健康保険証廃止法案の撤回を求める要請」を提出した。

参考文献
・「国保実務」(2023年3月6日・第3350号)
・「国保実務」(2023年3月13日・第3351号)
・「デジタル規制改革推進法の一括法案について」「マイナンバー法等の一部改正法案の概要」(デジタル庁)
・各法案「新旧対照表」

https://www.jimin.jp/news/information/204971.html(2023年3月31日閲覧)

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