万が一の時にそなえて!医療訴訟の基礎知識 vol 4 現役裁判官が解説します  PDF

大阪高等裁判所 部総括判事 大島眞一

因果関係

1 因果関係とは?
 交通事故で死亡した場合、その死亡が交通事故によることは明らかであり、事故と死亡との因果関係が問題となることは、通常ありません。
 ところが、医療事故で患者が死亡した場合、もともと患者が何らかの疾患に罹患しており、医師の過失がなかったとしても死亡したのではないかと考えられる場合、医師の過失と患者の死亡との間の因果関係が問題となります。
 例えば、ある時点で手術をすべきであったのに経過観察としたことが過失であるといえる場合、その時点で手術をしていれば死亡等の悪い結果が生じなかったといえるかというのが因果関係の問題で、仮にその時点で手術をしていたとしても、すでに手遅れであり、結果は変わらなかったのであれば、因果関係はなく、患者側の損害賠償請求は認められません。

2 判断基準
 因果関係の判断基準については、最高裁判所昭和50年10月24日判決(民集29巻9号1417頁)により、「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りる」とされています。「高度の蓋然性」は、数字で表すことは困難ですが、分かりやすさのためにあえて数字で説明しますと、80%程度確かである状態を指すのではないかと考えられ、その程度に至れば、患者側の請求は認められます。100%に近い程度まで確かであって初めて請求が認容されるのでは、当事者は刑事事件のように強制力で証拠を集めることはできないわけですから、そこまで求めるのは無理だということになっています。

3 不作為の因果関係
 手術中に神経や血管を損傷した等のように、患者の身体に対する物理的な行為がある場合には、その行為と死亡等との結果との因果関係が明らかなことが多いですが、難しいのは医師の不作為の場合です。
 ある時点で、ある医療行為をすべきであったという作為義務を設定し、それをしていれば、悪い結果が生じなかったことが高度の蓋然性をもって確かであるといえるかを検討することになります。
 例えば、がん患者に対する検査義務違反がある場合には検査をしていないので、がんがどの程度進行していたか(がんの深達度や他臓器への転移の有無等)が分からず、ある時点で適切な治療を実施していれば死亡時点での死亡を避けることができたといえるかという因果関係の判断が困難になります。
 このため、医療訴訟では因果関係を巡って争いになることも少なくありません。

4 相当程度の可能性
 医師による過失行為と死亡等の結果発生との間に「高度の蓋然性」が認められない場合であっても、死亡した時点で生存していた「相当程度の可能性」がある場合には、損害賠償が認められます(ただし、損害額は異なります)。
 最高裁判所平成12年9月22日判決(民集54巻7号2574頁)は、次のような事案です。
 Aは、自宅で狭心症発作に見舞われ、夜間救急外来を受診しましたが、医師は触診および聴診を行っただけでした。しかし、その当時、Aの心筋梗塞は相当に増悪した状態にあり、適切な医療をしたとしても、Aを救命し得た高度の蓋然性は認めることができないが、救命できた可能性はありました。
 最高裁は、「その医療行為と患者の死亡との間の因果関係は認められないが、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性がある場合には、損害賠償が認められる」旨を判示しました。
 因果関係について高度の蓋然性の立証ができなかった場合、本来であれば患者側の請求は認められませんが、「医療水準にかなった医療行為が行われていれば患者が死亡しなかった相当程度の可能性」を保護の対象とすることによって、「相当程度の可能性」を侵害したと考えるものです。
 患者側からすると、医療水準にかなった医療行為がされていると救命できたかもしれない場合には、適切な医療行為をしてくれていれば助かったかもしれないのにという思いを抱き、精神的苦痛を被ったということができますので、救命できた可能性は法的保護に値するという考え方です。
 本最高裁判決により、「生命」の維持という保護法益と医療水準にかなった医療行為が行われていれば患者が当該死亡時点で死亡していなかった「相当程度の可能性」という2種類の保護法益を認めたということができます。
 なお、相当程度の可能性は、被害者が死亡した場合の他、重大な後遺症が残った場合にも認められています(最高裁判所平成15年11月11日判決・民集57巻10号1466頁)が、それ以外の後遺症事案では認められていません。死亡や重大な後遺症事案については、可能性がある限り保護すべきですが、後遺症が軽いケースでは単に可能性を保護すべきとはいえないからです。

5 期待権侵害
 では、相当程度の可能性が認められない場合でも、「適切な治療を受ける期待権」を侵害したことを理由とする損害賠償請求は認められるでしょうか。相当程度の可能性も認められない場合というのは、適時に適切な医療行為をしていたとしても、結果は変わらなかったといえる場合です。
 最高裁判所平成23年2月25日判決(判例タイムズ1344号110頁)は、「患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に、医師が、患者に対して、適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまる」旨判示し、当該事案はそのようなものではないとしました。
 医療水準に満たない医療行為が行われた場合に、結果は同じでも期待権侵害を認めるというのでは、過失が認められるだけで不法行為の成立を認めることになり、生命等の法益への侵害の要件が欠落しているように思われます。
 期待権侵害を理由とする不法行為責任を認めた最高裁判決はいまだありません。

6 まとめ
 以上から、最高裁判所は因果関係について次の通りの判断枠組みをしているといえます。
 ① 医師等の過失と死亡、後遺症等との間の因果関係が「高度の蓋然性」をもって認められると、患者の生命または身体を侵害したものとして、財産的、精神的損害(慰謝料)が認められます(損害額は通常数千万円)。
 ② 医師等の過失と死亡しなかったまたは重大な後遺症が残らなかった「相当程度の可能性」との間の因果関係が認められると、相当程度の可能性を侵害したものとして、精神的損害(慰謝料)が認められます(損害額は通常数百万円)。
 ③ 相当程度の可能性も認められない場合は、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について、適切な医療行為を受ける期待権を侵害したものとして、精神的損害(慰謝料)を認める余地があるにとどまります。

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