医師が選んだ医事紛争事例 178  PDF

マムシ咬傷で指の化膿性関節炎発症
(10歳未満男児)
〈事故の概要と経過〉
 患者はマムシに右示指を咬まれ、本件医療機関に救急搬入され入院した。担当医は、創部洗浄の上、破傷風トキソイド皮下注射、乾燥マムシ抗毒素およびサクシゾンRの点滴静注などを始め、マニュアル通りに治療した。なお、この時点で担当医は腫脹の処置が最重要として、骨についてはあまり考慮せず入院中はレントゲン検査をしなかった。3日間点滴を実施し退院した後、2回程通院したが、右示指以外の腫脹は軽減されていたため治療は終了した。しかし退院から約10カ月後、患者は右示指の腫脹が治まらないと受診したため、担当医はレントゲン検査などを実施したところ、右示指PIP関節の化膿性関節炎を伴う骨・関節破壊を認めた。
 患者側は、患部の腫脹について、治療終了時に担当医から「大丈夫です。徐々に落ち着きます」と言われて安心していたが、指が曲がったまま、あるいは成長が止まる可能性を示唆され、もっと早期にレントゲンなどの検査をしていればこのような事態にならなかったのではないかと問責した。
 医療機関側としては、受傷後の処置はマニュアル通りで問題はなく、腫脹も放置していた訳ではなくカルテに「心配があれば、再診するように」と記載していた。担当医も確かに説明したと証言し、最低限の説明は実施されているとして、説明義務違反もなく医療過誤を否定した。
 紛争発生から解決まで約2年1カ月間要した。
〈問題点〉
 蛇の咬傷は、毒素による浮腫や組織壊死で死亡や指の切断に至ることがある。手外科専門医から見ると、急性期の治療の終了時期は適切ではなかったと考えられるが、一般的な医療水準から考えるとマムシ咬傷による初期治療は適切に実施されている。弱毒菌による化膿性PIP関節炎により関節破壊を来した症例と考えられ、後遺障害が残ったことはある程度は仕方がない。
 救急外来受診時の写真では、右手全体の腫脹が著明で、右示指PIP関節部背側にマムシによる刺創が疑われた。刺創から注入された毒素により急速な腫脹や一部水泡形成を来したようであった。退院後に軽度の腫脹が残存していたが、水泡は上皮化していた。カルテには「十分に可動範囲を広げて動かすように指導。処置は不要なので終了。心配があれば再診するように指示」と記載してある。
 退院直後の外来受診の時点で腫脹が軽度続いており、PIP関節の可動域制限があったのであれば整形外科(特に手外科専門医)へ紹介すべきであった。しかし、整形外科でレントゲン検査をしても、退院直後ではまだレントゲン像に変化はなく、おそらく血液所見でも炎症反応はなかったと考えられる。したがって、その時点で追加的にすることはなく、経過観察で良いものと考えられる。慢性に経過する化膿性関節炎を疑い、予防的な抗生物質の投与、関節切開をする必要はなく、経過を見ながら治療法を選択することは適切であったと考えられる。その後、約10カ月間受診がなく関節破壊が生じた症例であった。
〈結果〉
 医療機関側が院内・院外調査を行い、賠償責任まで負えないことを患者側に伝えたところ、クレームが途絶えて一定の時間が経過したので立ち消え解決と見なされた。

ページの先頭へ