診察室よもやま話2 第19回 認知症と運転免許 飯田 泰啓(相楽)  PDF

 2017年3月12日に改正道路交通法が施行された。75歳以上になって認知症と判断されれば、一律に運転免許取消か停止となり、運転できなくなる。
 死亡事故全体に占める75歳以上の運転者による事故の割合が高まっている。その中の約4割が認知機能検査で第1分類(記憶力・判断力が低くなっている方)か第2分類(記憶力・判断力が少し低くなっている方)だったため、認知症高齢者の運転に制限をかけることとなった。しかし裏を返せば、約6割の死亡事故は認知症のない高齢者が起こしたものである。
 もし高齢者の運転による死亡事故を減らしたいのであれば、一律に75歳以上の高齢者の運転免許を返納させなければならない。それはできそうにはないので、75歳以上の高齢者の約4割を占める認知症をターゲットに絞ったようである。
 久しぶりに、知り合いのIさんが相談にお越しになった。
 「父のことなのですが、自動車の運転ができなくなりそうで困っています」
 「どうしてなのですか」
 「認知症があるので運転免許の更新ができないと言われたのです」
 「そんなにひどい認知症なのですか」
 「いいえ、今でも毎日軽トラックで畑に行っています。それ程おかしいと感じないのですが」
 高齢者の運転免許更新時に認知機能検査が導入されてから、日常診療でしばしば相談される内容である。
 「運転するのは近くの畑に行く時だけなのです。周りに他の車なんかありません。クラッチのある軽トラックに乗っているのですよ。急発進も逆走もできません」
 「そうですね」
 「これまで、無事故ですよ。畑に行くことが父のリハビリになっていたのに。これからどんどんと認知症が進むのではないかと心配しています」
 「運転免許がないと畑にも行けませんね」
 「先生、お願いですから、父が認知症ではないと診断書を書いてもらえないでしょうか」
 「……」
 公共交通機関もなく、自動車がなければ暮らせない場所はこの地区には多い。宅配システムが完備されてきたとはいえ、これまで買い物などで利用していた自動車の運転が突如禁止されることへの、戸惑いを訴える高齢者は多い。確かに山間地で一人暮らしをされている方にとって、運転免許を取り上げられることは死活問題と言える。
 Iさんの父親のように、近くの畑に行くことだけが生活の支えになっている方も多い。このような方に、私が進んで運転免許の返納を強制することは気が進まない。とは言っても、法律に逆らうこともできない。どうしても認知症専門医に判断を委ねることになる。
 「専門医を紹介しますので、よく相談して下さい」
 「どうしても認知症ではないと診断してもらえませんか」
 「そんなに困らせないで下さい」
 諸外国ではドライバーの能力を判断して運転を認めているところがある。軽度認知障害の段階で運転免許を取り上げると、認知機能が急速に低下し、重篤な認知症になるリスクが高い。運転しなくなると活動が低下し、脳も使わなくなるので、症状が悪化する。早めの運転免許返納には、そうしたリスクもあるとの意見もある。
 今や自動車は自動運転の時代に入ろうとしている。行く先を決めれば自動で目的地に着くという。道路上で同じスピードで等間隔に自動車が走っているというパロディーも、現実味を帯びている。少なくとも急発進や急後退、アクセルとブレーキの踏み間違い、自動ブレーキ導入による障害物の回避、追突防止はメカニカルで何とかなるのではと思える。
 認知症と診断されると一律に運転免許を取り上げる制度は一考を要する。認知症であっても個々の能力と生活環境を考慮して、自動ブレーキ装着車、行き先を限定するなどの限定免許導入などの工夫が、早急に必要ではないだろうか。

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