診察室 よもやま話2 第15回 飯田 泰啓(相楽) 聴診器  PDF

 近年の医療機器の進歩には目を見張るものがある。私の世代の医師にはとてもついていけない。今や医療機器の進歩で、循環器内科でも聴診するよりは超音波検査を、呼吸器内科では聴診よりも胸部レ線を、胸部レ線よりも胸部CT検査をファーストチョイスにする傾向がある。
 私の診療所の患者さんは、ほとんどが高齢の常連さんばかりである。それでも、診療所に初めて診察にお見えになる患者さんもある。じろじろと診察室を見回している。
 一通りの診察を終えて聞いた言葉である。
 「いや、お医者さんらしい雰囲気でいいですね」
 「そうですか」
 「今どき、診察机にパソコンが置いていないのは珍しいですよ」
 「いや、時代遅れになっているだけです」
 「コンピュータの画面ばかり見て、患者の顔も見てくれない先生が多いのに、ちゃんと顔をみて話を聞いて下さった。感激です」
 「電子カルテに変えるのには、抵抗があってできないだけです。私だって電子カルテにしたら、患者さんの顔を見ながらカルテに入力するのは無理だと思いますよ」
 「そうでしょうね」
 「病院だったら、電子カルテを入力する事務員さんを雇えますけれどね」
 「久しぶりに聴診器をあててもらえてホッとしました」
 「はあ」
 「今頃は、どこの病院に行っても聴診器を当ててもらえることが少なくなりました」
 最近は聴診器をあてて心臓の音を聞くよりは、心臓超音波検査をする。呼吸音を聞くよりは胸部単純写真、胸部単純写真よりも胸部CT検査をする流れとなっているようである。確かに、病院のカンファレンスに参加すると、胸部単純写真はなく、いきなり胸部CT検査からプレゼンテーションが始まることが多い。
 「どこに行っても、ほとんど診察せずにすぐに検査をしましょうですよ」
 「そうなのですか」
 「この間も、風邪でお薬をもらいに行っただけなのに、血液検査とCT検査をされたのですよ」
 「きっと、呼吸が変で肺炎を起こしていると思われたのではないですか」
 「確かに熱があって、痰が出ていました」
 「そうでしょ」
 「それでも、聴診器を当ててもらえなかったのですよ」
 どのように答えたら良いものかと窮してしまう。
 「そして、CT検査の結果をみて、どうもないですよと言われたのです」
 「肺炎でなくて良かったではないですか」
 「最後に言ってしまいました。先生、まだ診察をしてもらってないのですがと」
 ここまで、不信感を持たれてしまうのもどうかと思う。しかし、診断の正確さを期そうと思うと、CT検査やMRI検査などの進歩した医療機器に頼ることになる。そして医師と患者のコミュニケーションが遠のくのも事実かも分からない。
 若い医師にとっては、自分よりも年齢が上の患者はみんながん患者のような気がするものである。特に患者さんの権利意識の高くなった現在では、見落としたと後でトラブルになるくらいなら検査をしておいた方が安全と考えるものである。
 高齢の医師は、自分はここまで生きてきたのだから、自分の年齢まで人は生きられるものだと思っている。
 どっちもどっちだが、年老いた患者さんには年老いた医師の方が相性は良いのかも分からない。
 聴診器のような今やアンティークとなった感のある道具で分かる情報は、多くはないのかも分からない。しかし、私のように高度な診断機器を持っていない町医者にとって、いまでも聴診器は身体所見をとる大きな武器である。聴診の時に、患者の身体に触れるだけでも得られる情報はある。聴診器を当てる間を利用しながら対話をするコミュニケーション・ツールとしての価値もある。
 聴診器は、古くて新しい有用な診断機器であり、これからも大切にしたいと思っている。

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