政策解説 新型コロナ「第7波」の最中に動き出した見直し・緩和  PDF

 第6波が収束したのか否かさえ判然としないまま、7月には「第7波」に突入。その勢いは凄まじく京都府でも過去最高6000人超の新規陽性者数を記録、自宅療養者数は6万人を超えている。
 そうした中、国は感染症法上の取り扱いを緩和する方向に舵を切り、季節性インフルエンザ同等の扱いへの移行へと動き始めている。
 岸田政権は8月24日、「医療現場の負担軽減のため」として、「全数把握」の見直しを公式に表明した。これまで医療機関に対し、HER-SYSを用いる等した発生届を通じ、報告させてきた感染患者の詳細な情報について、その対象を発熱外来等の業務がひっ迫した地域について、緊急避難措置として自治体の判断で、高齢者や基礎疾患のある人など「重症化リスクが高い人」に限定することを可能としたのである。なお、これに先立つ8月2日、日本医師会と全国知事会は「感染者の全数把握に代わる事務負担の少ない仕組みに変更」することを求めていた。
 同じ8月2日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長ら「専門家有志」が「提言」を発表。提言は、新型コロナウイルスの「取扱変更のための2段階の移行案」(図1)であり、ステップ1に「現行法・通知解釈の範囲で運用可能な移行策」、ステップ2に「法改正や通知の変更を伴うゴール」を示していた。
 ステップ1では、医療体制について、入院医療機関のゾーニングは現状の病棟単位から病室単位を基本へと移行し、医療スタッフは必ずしもフルPPEを必須としない感染防護とする等により、各医療機関の患者受け入れキャパシティーを向上させ、同時に対応施設を拡大する。外来医療は診療・検査医療機関だけでなく、一般の診療所でも実施できる体制へ移行する。保健所・行政対応では、現状の入院勧告に基づく行政による入院対象者の入院・搬送調整ではなく「医療機関間の入院調整を導入」し、それを行政が支援する体制へ移行。陽性患者への対応については、保健所によるすべての感染者ならびに濃厚接触者の特定・外出自粛要請が不可能なため、「ひとりひとりが主体的な感染予防行動を取るように『涵養』」する。疫学調査についても保健所が必要とした場合にのみ実施とした。
 ステップ2では、医療体制について、ステップ1の実施を前提に、より多くの医療機関での入院を可能とする。保健所・行政対応では、やはりステップ1の実施を前提に、入院勧告を廃止し、医療機関間での入院調整へ移行。陽性患者への対応は感染症法の取り扱いを変更し、「制度上の宿泊療養・自宅療養ではなく、一般的な自宅での療養」へ移行。濃厚接触者についても「特定は行わずとも」、「ひとりひとりの主体的な感染予防行動を取るように『涵養』」するとした。
 さらにステップ1、2を通し、感染状況のサーベイランス・解析について、「全数届出」ではない「新たなサーベイランス」の早急な構築が必要とした。高齢者施設についても、現状の「原則入院」から「患者の病態や条件に応じた入院適応判断」に加え、「適切な施設内療養」と施設への医療介入強化によって対応するよう提言した。

第7波の医療・保健体制の困難を「緩和」で乗り切る

 新型コロナの感染症法の類型を現在の「新型インフルエンザ等」から「5類」へ引き下げるべきとの意見は、経済界を中心に強まってきた。今回の見直しに向けた動きは総じてそれを志向するものである。ただし、今回の全数把握見直しがそうであるように、医療機関や保健所の困難が根拠に用いられている。
 もちろん現場実態は極めて厳しい。
 たとえば、京都市保健所では、疫学調査や「全数把握」、濃厚接触特定や「健康観察」等、すでに実施不能とみられる。濃厚接触特定は早々に家庭と「ハイリスク施設」に限定されていた。すなわち、感染源を突き止め、拡大防止策を講じる意味での「疫学調査」は十分に実施できていない。「健康観察」も保健師らが行うケースは重点化され、市内の医療機関等にその多くが委託されている。8月8日からは新規患者への「最初の連絡」(ファーストタッチ)を64歳以下で重症化リスクの低い人については取りやめになり、医療機関での療養期間等の説明プリント配布がそれに代わっている。
 医療提供体制も限界を超えている。京都府の確保病床使用率は6割超。すでに高齢・障害の施設入所者は「原則入院」どころか引き続き「留め置き」され、多数の生命が危機に瀕する事態はまったく解消されていない。国公表の数値では、京都府において高齢者施設等に留め置かれた陽性患者は867人(8月17日0時時点)である。
 外来医療も困難な事態が続いている。受診できない人が溢れ、国が「抗原検査キット」を医療機関に配布させ、患者自らが検査することで患者数を減らそうという前代未聞の策も打たれた。
 こうした第7波の実情に照らせば、専門家会議有志や全国知事会らの提言は、すでに破綻した対策を「追認」する形の「緩和」、つまり実情にあわせて原則を変更することによって、困難を乗り切ろうとするものと言える。

対応策を緩和してもウイルスの脅威はなくならない

 日本の公衆衛生体制は、新型コロナウイルス感染症のような大規模に、日本全国で同時多発的に感染拡大する事態へ対応できるようには作られていなかった。したがって、感染症法見直しも含め、「フレーム」の見直し作業は必要である。だがその見直しは、追い込まれ、ひっ迫したがゆえにもたらされた「現実」にあわせた「緩和」で良いのか。「緩和」で人々の生命は守られるのか。問われているのはその点である。そもそも対応策を緩和しても、ウイルスの危険性は除去されないのである。
 国のアドバイザリーボード(第90回 2022年7月13日)は、新型コロナウイルス(オミクロン流行期)と季節性インフルエンザの重症化率等の比較データを公開した(図2)。60歳未満では重症化率が0.03%、致死率が0.01%と季節性インフルエンザと同じだが、60歳以上では重症化率が2.49%で季節性インフルエンザの0.79%を上回った。致死率も1.99%で季節性インフルエンザの0.55%を大きく上回っている。このデータから読み取れるのは、高齢者にとって新型コロナウイルスはいまだ季節性インフルエンザを遙かに凌ぐ生命の脅威をもたらすという事実である。

制度・政策の不備を直視し、医療・福祉の拡大によって改善する道を

 重要なのはいかに死亡者を減らすか、どうやって医療を保障するかである。仮に対応を緩和するならば、まずは生命を確実に守る体制の確立が必要である。専門家有志の提言等には、その部分が抜け落ちている。
 都道府県の指定する医療機関に委ねてきた新型コロナの入院・外来医療を、一般医療機関も担えるようにすることは望ましい方向かもしれない。だがそのためには、一般医療機関の対応力を向上させることが必要であり、感染症法上の位置づけを引き下げても実現しない。そのためにも、緩和の両輪としての治療薬とワクチンの開発・普及は欠かすことができない。今日、外来で処方できる「モルヌピラビル」や「ニルマトレルビル/リトナビル」等、有効な治療薬の活用が進むよう、充分な流通量確保や処方手続きの簡略化が課題である。10月半ば以降に接種開始とされるオミクロン株に対応した新ワクチンも含め、すべての世代においてワクチン接種の着実な推進が望まれる。
 つまり、危機を緩和で乗り越えようとする発想自体が、根本的に間違っているのである。コロナ対策の破綻に対し、政治はなぜ「緩和」以外の方策を持ち得ないのか。
 それこそが歴代政権による執拗な医療・社会保障費抑制策が育んだ病巣である。医療提供体制を絞り込み、従事者数を抑制し、専門家の育成を怠った結果が今日のコロナ禍の背景にある。なし崩し的な「緩和」は、そうした医療・公衆衛生政策の歴史的な不備すら覆い隠してしまう。日常から充分な医療提供体制がなければ、パンデミックに立ち向かうことはできず、患者の生命を救う医療は実践できない。にもかかわらず、国は相も変わらず「コロナ禍以前」からの医療・社会保障抑制策を追求し続けている。
 医療費抑制策を転換し、根本的に病床数や医師・医療従事者数を増員すること。障害のある人たちの入院・受療権を保障すること。地域において保健所・行政機関を核として、医療機関や福祉関係者、そして住民がつながって感染症の拡大を防ぎ、罹患した患者さんへ医療と生活を保障する仕組みを構築すること。医学教育における感染症にかかる教育を充実し、すべての医療者が感染症に対応するスキルを身につけるようにすること等の対応は時間がかかるが、今すぐ始めなければ永遠に実現しない課題である。
 制度・政策の不備を直視し、医療・福祉の拡大によって改善する方策は、現場の実践と拡充を求める運動でしか実現しない。

図1 「感染拡大抑制の取り組み」と「柔軟かつ効率的な保健医療体制への移行」についての提言(22年8月2日)より
図2 第90回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード 事務局提出資料6(22年7月13日)より

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