鈍考急考 32 原 昌平 (ジャーナリスト) 復讐に走らせた「社会正義の機能不全」  PDF

 端的に言ってしまうと、彼の復讐は大いに成功した。
 旧統一協会の人道に反する資金集めが社会的にクローズアップされた。つるんでいた政治家も批判を浴びるようになった。この宗教団体に、かつてない打撃を与えたことは間違いない。
 報道によると、山上徹也容疑者の生家は裕福だったが、幼い時に父が自殺。母が統一協会に入信して家や土地を売り、亡父の生命保険金を含めて約1億円の献金を重ねて自己破産した。きょうだい3人は困窮。自身は県内有数の進学校に学びながら大学へ進めず、海上自衛隊を経て、工場などで派遣労働を続けてきた。小児がんを患っていた兄は7年前に自殺した。
 7月8日の銃撃事件の動機は怨恨だった。家庭を崩壊させた元凶が旧統一協会にあるという恨みは、もっともなものだろう。家庭が大事だと強調している宗教なのだから、怒りはなおさらだ。
 しかし教団幹部を襲うのが難しかったため、安倍元首相をターゲットにしたという。これは筋違いだったのか。
 安倍氏は、祖父の岸信介からの縁を引き継ぎ、右派の代表格として統一協会・勝共連合とつながっていた。教団にメッセージを寄せ、広告塔的な存在にもなっていた。
 そういう役割を山上容疑者は調べたうえで標的にしたようだ。広い意味では、教団の擁護という政治活動に対するテロと言える。実際、教団幹部を襲うより、はるかに大きな波及効果を生んだ。
 とはいえもちろん、どんなに恨みがあっても、私的な復讐、制裁は許されていない。
 刑事処罰の権限を持つのは国家だけ。民事でも司法手続きを経ずに一方的な自力救済を図ることは禁止されている。それが法治国家である。
 今回の事件は、民主主義や言論の自由というより、法治国家の問題だろう。
 裏返すと、刑事・民事の司法機能、そして行政・立法・報道をはじめとする社会の機能がしっかり働いて、社会正義と人権が守られていてこそ、私的な復讐に歯止めをかけることができる。
 霊感商法などの行為を警察・検察が捜査して処罰する。不当な勧誘や過剰な献金の被害を民事的に救済する。宗教団体に対して行政が必要な規制や指導監督を行う。
 それらが十分に行われていれば、容疑者の家庭も破滅に至らず、恨み骨髄にならなかっただろう。
 旧統一協会とつながった政治家が、それらの機能を妨害することはなかったか。
 法治・社会正義という意味では、安倍氏がやってきたことも振り返らざるをえない。 憲法解釈を変えて安保法制を強行した。疑惑が生じると国会でウソの答弁を重ね、公文書改ざんを招いた。憲法の定める数の国会議員が求めた国会の召集に応じない。メディアに圧力をかけ、検察幹部の人事に介入した。取り巻きやお友達が甘い汁を吸い、違法行為があっても処罰されない構造・風潮を作った。
 法治を壊してきた政治家が、法治を破壊するテロの犠牲になってしまった。最後は法的根拠のない国葬で、賛否の喧騒の中、送られるのか。

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