政策解説 骨太方針にDXが国家的課題として明記される 医療・社会保障と人権の破壊的転換を促す  PDF

 岸田内閣は6月7日、今年度の骨太方針を閣議決定した。今次方針は、コロナとロシア・ウクライナ情勢を活用し、新自由主義改革の課題を一気に推進することを目指すものである。大企業の利潤拡大のためにあらゆる法規制を緩和・撤廃し、巨大資本の権力を再確立し、資本の活動の自由を復活・拡大するⅰ野心に満ちている。
 実は「健康保険証の原則廃止」も、それを象徴するものの一つである。
 以下、本稿は「骨太方針2022」が医療・社会保障の破壊的転換を促す方針であると捉え、健康保険証廃止・オンライン資格確認義務化とその背景に聳える「DX化」のねらいを中心に、紹介・検討する。

アベノミクスと財政健全化目標の堅持

 方針は冒頭、押し寄せる「内外の難局」(コロナ・ロシア)を乗り切るだけでなく、課題解決への取組自体を「付加価値創造の源泉」として「成長戦略」に位置付け、「官民が協働して重点的な投資と規制・制度改革の中長期的かつ計画的な実施」で「新しい資本主義」を起動すると述べる。これが国の基本スタンスである。加えて経済財政運営では「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」(アベノミクス3本の矢)の「堅持」を表明。財政健全化の「旗」を降ろさず、従来の財政健全化目標(国と地方の基礎的財政収支の25年度黒字化ⅱ)の「堅持」を謳う。

全世代型社会保障改革の推進

 医療・社会保障分野では、先に中間報告の出された「全世代型社会保障構築会議」ⅲの議論や財務省・財政制度等審議会の「歴史の転換点における財政運営」ⅳの議論を積極的に取り込む。「勤労者皆保険」「かかりつけ医機能が発揮される制度整備」「地域医療連携推進法人の有効活用」「都道府県の責務の明確化等に関し必要な法制上の措置を含め地域医療構想を推進」「医療費適正化計画の在り方の見直し」「都道府県のガバナンスの強化など関連する医療保険制度等の改革」等が掲げられ、これらを「全世代型社会保障構築会議」で具体化するよう指示する。
 そして(社会保障分野における経済・財政一体化改革の強化・推進)として書かれたのが、オンライン資格確認の義務化、健康保険証のマイナンバーカードとの一体化、将来的な廃止であるⅴ。
 従来、オンライン資格確認は、医療機関の手間や個人情報漏えい、患者の利便性といった観点で検討されがちである。だがここで検討したいのは、それが「社会保障分野における経済・財政一体化改革の強化・推進」と銘打たれた意味である。

「新しい資本主義」の柱としてのDX

 「DX」は「新しい資本主義」の中心的な柱に位置付けられている。かつて「新自由主義からの転換」を訴えた岸田氏だが、もはや「新しい資本主義実現会議」は、財界や新興IT産業が求める「DX+規制緩和」による「資本主義のアップデート」を政府方針に反映させる機関でしかないⅵ。その結果、骨太方針にも「DX」が国家的課題として明記されたのである。

剥き出しの企業支援へ「デジタル原則」による国の作り変え

 コロナ禍が社会・経済に与えたインパクトは、DX化による莫大な利権を狙うIT企業群の支援へと国を向かわせた。
 菅内閣の設立した「デジタル庁」の「デジタル臨時行政調査会」での議論に注目したい。同調査会は21年12月22日、「すべての改革(デジタル改革、規制改革、行政改革)に通底する『構造改革のためのデジタル原則』」を「共通の指針として策定」した。この原則を基準に「約4万以上の法令や通知等」を対象として「適合性」を点検し、原則に適合しない既存規制は徹底して緩和・撤廃するというⅶ。
 策定されたデジタル原則は「5原則」であり、①デジタル完結・自動化原則、②アジャイルガバナンスⅷ原則、③官民連携原則、④相互運用性確保原則、⑤共通基盤利用原則とされるⅸ。具体的には「現場で人の目に頼る規制」「定期的に点検・確認を求める規制」「人が常にいること等を求める規制」「公的な証明書・講習・閲覧に対面・書面を求める規制」「一律の規制、データ連携が困難なルール」があげられているⅹ。
 極めて不穏な動きである。そもそもデジタル庁の職員の多くは官僚ですらなく、IT産業からの出向者だという。そのような組織の定める「価値基準」には普遍性や公正性があるのか。そんな基準で日本国のあらゆる規制を取り払って良いのだろうか。IT産業が自由に動き回り、利潤を膨張させ、それによってもたらされる「経済成長」が本当に人々を幸せにするのか。
 こうした国の動きを踏まえれば、オンライン資格確認義務化方針の本性が浮かび上がる。

利益拡大のための膨大な資源としての「個人データ」の搾取

 同調査会席上で十倉雅和経団連会長は「DXの実現に向けて、例えば健康・医療・教育などデジタル活用を推進・普及する仕組みが不十分な分野については、マイナンバーの活用の推進を含め、必要な促進策を積極導入する、いわば利活用徹底原則が不可欠」と発言しているⅹⅰ。
 経団連は「新成長戦略」ⅹⅱで、「医療費を適正化し、社会保障制度の持続性の確保を目指す」とし、「マイナポータルのAPIを通じて、企業のPHRⅹⅲへ早急に連携」し、個人が「胎児期から亡くなるまでに発生する」あらゆる医療データを企業が利活用できるようにすべきとしている。オンライン資格確認義務化の真の目的は、IT企業群をはじめ、財界の求める「資源」としての「個人の医療・健康データ」の集積し、「官民連携」の名の下に徹底して利活用できるシステムの構築なのである。
 骨太方針は「2022年度末にほぼ全国民にマイナンバーカードが行き渡」らせ、「医療・介護、教育、インフラ、防災に係るデータ・プラットフォーム」を整備すると述べる。その一環として「全国医療情報プラットホーム」(EHR)を創設し、オンライン資格確認等システムのネットワークを拡充し、レセプト・特定健診等情報に加え、予防接種、電子処方箋情報、自治体検診情報、電子カルテ等の医療・介護全般にわたる情報についての共有・交換を可能とするよう求めている。すでに厚生労働省は2020年7月、「データヘルス集中改革プラン」ⅹⅳをまとめており、審査支払機関の管理するオンライン資格確認等システムのネットワークを基盤にマイナンバーカードを紐づけるよう計画してきた。これを活用し、個人が「マイナポータル」で閲覧するデータを企業もPHRを通じて閲覧・利活用できる仕組みが目指されているのである。
 これらが「構造改革のためのデジタル原則」に拠って進められている。「人権」に対する配慮など微塵もない、「新しい資本主義」どころかむき出しの「野生の資本主義」である。

DX化と社会保障費抑制の親近性

 今日、「自治体DX改革」も進行中である。「デジタル田園都市構想」と銘打って、IT企業に地方自治体のシステムを丸投げし、自治体をまるごとIT産業の草刈り場に変える恐るべき構想だが、これについては稿をあらためたい。
 DXと医療・社会保障費抑制が極めて親和的である。骨太方針には「医療費適正化計画の在り方の見直し」が盛り込まれたが、背景には先の財政制度等審議会の「建議」がある。建議は、都道府県「医療費適正化計画」が「効果をあげていない」と批判し、「給付費の伸びと経済成長率の整合性」を確保する「給付費の水準」の「規律付け」を求めた。これは財務省の念願である「マクロ指標」を用いた医療費総額管理の導入を意味している。DXがこうした仕組みに役立つことは想像に難くない。究極的には個人単位の医療・健康データを用いれば、個人の受療行動への国家介入さえ容易である。
 医療者や市民が企業からの望まない搾取を受けることのないよう、医療・社会保障制度の対抗構想を打ち立てることが求められる。

〔参考文献〕
●「岸田政権の「新しい資本主義」・経済安保の危険性と地域からの対抗軸」(岡田知弘氏インタビュー、「議会と自治体」第289号所収)
●『コロナ禍で見えた保健・医療・介護の今後』(公益社団法人・日本医療総合研究所・新日本出版社刊)
●『安倍政権の終焉と新自由主義政治、改憲のゆくえ』(渡辺治著・旬報社刊)

ⅰ 『安倍政権の終焉と新自由主義政治、改憲のゆくえ』(渡辺治著・旬報社刊)
ⅱ ただし、目標そのものは文言として明記されていない。
ⅲ 2022年5月17日 厚生労働省ホームページ(2022年6月2日閲覧)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/zensedai_hosyo/pdf/20220517chukanseiri.pdf
ⅳ 「歴史の転換点における財政運営」2022年5月25日 財政制度等審議会(2022年6月2日閲覧)
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia20220525/zaiseia20220525.html
ⅴ 文言は次のとおりである「オンライン資格確認について、保険医療機関・薬局に、2023年4月から導入を原則として義務付けるとともに、導入が進み、患者によるマイナンバーカードの保険証利用が進むよう、関連する支援等の措置を見直す。2024年度中を目途に保険者による保険証発行の選択制の導入を目指し、さらにオンライン資格確認の導入状況等を踏まえ、保険証の原則廃止を目指す」
ⅵ 「岸田政権の「新しい資本主義」・経済安保の危険性と地域からの対抗軸」(岡田知弘氏インタビュー「議会と自治体」第289号所収)
ⅶ 第2回デジタル臨時行政調査会(2021年12月22日)
ⅷ 周囲の環境変化を踏まえ、ゴールやシステムをアップデートするガバナンスモデルとされる。
ⅸ デジタル庁HP「デジタル臨時行政調査会」(2022年6月2日閲覧)
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c98d7d7a-24f2-45fe-a3b9-14c635966105/20211222_meeting_extraordinary_administrative_research_committee_01.pdf
ⅹ 現在、「サービス付き高齢者向け住宅における有資格者の常駐要件」が取り沙汰されている。デジタル技術があれば入居者の安全・安心は実際に人がいなくとも担保できるというのである。
ⅹⅰ 第2回デジタル臨時行政調査会議事録
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c98d7d7a-24f2-45fe-a3b9-14c635966105/20211222_meeting_extraordinary_administrative_research_committee_11.pdf
ⅹⅱ 2020年11月17日 一般社団法人日本経済団体連合会HP(2022年6月2日閲覧)
https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/108.html
ⅹⅲ 民間事業者によるPersonal Health Record
ⅹⅳ 厚生労働省ホームページ(2022年6月2日閲覧)
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000653403.pdf

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