鈍考急考27 原 昌平 (ジャーナリスト) プーチン番長を止めるには  PDF

 戦車が走る、ミサイルが飛ぶ、首都に攻め入る……。
これほど本格的な戦争が欧州の大きな国の間で起きるとは、さすがに驚いた。
 主要都市を攻撃して国全体をコントロール下に置こうとする。まさに侵略である。
 厳しい非難を浴びるのは当然だが、独裁者の精神状態がおかしくなったというような単純な話ではない。
 プーチン大統領は、諜報・治安機関(KGB)出身。選挙で選ばれつつ、対立する党派やメディアを弾圧して強権的な体制を築いてきた。
 扇動者ではなく、タフで冷徹なリアリスト。水面下の手段も駆使して統制を図る。日本で言うなら、スガ前首相の頭をうんと良くして、体力もつけたような感じだろうか。
 ウクライナへの侵攻は、計画を練り、西側諸国の批判や経済制裁を受けることも織り込んで実行したのだろう。
 戦争を正当性する大義名分は、もちろん掲げた。
 ロシア人の同胞が現地で迫害や残虐行為を受けているという民族的理由づけ。
 一部地域の独立を承認し、その依頼を受けて派兵するという手続き的理由づけ。
 地続きの国が、西側の軍事同盟(NATO)に入ると、ロシアの安全が脅かされるという防衛上の理由。これは本音で、最大の動機だろう。
 ロシアとウクライナはもともと一体だとプーチンは主張する。9~13世紀のキエフ大公国は正式名ルーシ。ロシアの源流でもある。以後はモンゴル、トルコなどに支配され、ウクライナという国の登場はロシア革命の年。それから長くソ連の構成国だった。
 俺の縄張りで、弟分が対立グループとつるむのは許せないという勢力圏思想。そのままにしていたら我が身が危ないという警戒心。8年前のクリミア半島併合がさほど尾を引かず、自信を持った。
 ウクライナの抵抗が強く、キエフを数日で制圧できなかったのは誤算だろう。
 しかし、核大国ロシアに対して米国や西欧は参戦しないという読みは外れていない。
 国と地域の関係で言えば、沖縄は1879年まで琉球王国だった。もし独立して近隣国と組もうとしたら日本がどう反応するかを想像しよう。
 現代史も振り返って、他国へ侵攻するときの理由づけや経過をたどってみよう。
 大日本帝国は「満蒙は日本の生命線」と唱え、軍の謀略による満州事変で満州国を樹立。暴虐な支那を懲らしめると叫び、首都・南京まで占領した。日中戦争は泥沼化。国際的非難と経済制裁を受けると米英とも戦争に突入した。
 旧ソ連は、アフガニスタンの新政権から要請されたとして軍事介入し、やはり泥沼に。
 米国は、大量破壊兵器を隠していると主張してイラクを攻めた。フセイン大統領は処刑。その後は混乱を極めた。
 強大な力を持つ番長を、力による対抗、経済制裁で止められるか。メンツを保てる退却理由も要るかもしれない。
 注目すべきは、ロシア国内に戦争への熱狂がなく、反戦デモが多発していること。事態のカギを握るのは、権力基盤を揺さぶるロシアの人々の動向、平和を求める世界の国々と民衆の声である。

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