なんでも書きましょう広場 過剰医療と過少医療の実態―財政への影響 フィナンシャル・レビュー148号特集号を読む  PDF

 標題の5本からなる論文集は、一橋大学の井伊雅子教授の責任編集による特集号でありコロナ関係の論文の一部が日経に紹介されていた。小生は全く知らなかったが、首記のフィナンシャル・レビュー誌は財務省財務総合政策研究所から発行される政策誌であり、この研究所は財務省のシンクタンクとして、財政経済に関する調査・研究を行っている。
 この論文集(URL:https://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/fr_list8/fr148.html)の詳細は読んでいただくこととして、我が国の健診・検診、肺がん検診や糖尿病を例にして、過剰医療と過少医療を洗い出し、適正化することにより費用の削減が得られると提案。そもそも序文の問題意識にもあるように、日本の医療制度は効率性にも公平性にも欠け「既得権益」にゆがめられているので、それを正し予算削減を行うと主張している。
 現行の健診では、過剰に糖尿病の指摘はするが、その後のフォローなく過小医療の結果、医療費は多大な国庫負担となっているとする。過剰な部分として参加者が大企業の従業員に偏り、結果にかかわらず毎年1回の健診を推奨している点である。一方過小は、中小企業の従業員ではアクセスが制限され、高リスク者でも異常の指摘のみで医療に結び付けられていない点を挙げている。適正化で特定健診だけで500億円の削減が可能と試算する。
 またがん検診では、Lead time bias(微小がんを見つけると大きくなる発育時間が寿命延長効果に算定されるため、見かけ上効果があるように見えるバイアス)やLength bias(発育がゆっくりながんが検診では見つかりやすいというバイアス)を考慮せず、効果を過大評価しているとしている。また我が国では胸部単純X線検査が過剰で、ヘリカルCTは使われないことから過小の現実があると議論している。これに関しては同意すべき点もある。
 さらにコロナ禍における医療崩壊は、今までの問題を放置してきたことによると指弾。病床ひっ迫を招いた原因として、過多な病床の分散が医療者を分散させ低密度医療体制となったことが原因と断定。補助金は国際的レベルで巨大であるが、効果は評価できない現状があると指摘。評価には、DXが必要で、オンラインで病床が管理できるG―MISの導入や、オンラインでの全医療機関の逐次の財務諸表の公開が必要であると提言。さらに分散化をあらため、集約化することで医療は高密度化され、地域連携で入院期間を平均7日へと短縮すれば現在の急性期病床は50%削減できると見積もる。「かかりつけ医療機関」については、保健所に代わる地域の公衆衛生活動全般とプライマリーヘルスケアを行い、地域住民の登録制とし、登録人数に応じた定額診療報酬制で、DXを駆使し情報管理による予防・治療を行うと過剰医療に歯止めがかかり医療費が削減できるとする。
 本研究では、一貫した医療経済理論は見当たらない。むしろ「過少医療」を御旗に、「過剰」を正し「小さな無駄を削減する」ことを宣言した政策提言と読める。
 自民党安全保障調査会(小野寺五典会長)は、先日の党内の会合で防衛費をGDPの2%以上とする政策提言を作成し4月21日の全体会合で承認され、岸田首相に提出した。財務省は、2%以上とするために国債発行などに頼れば、防衛自体が「我が国の脆弱性になりかねない」と主張し、「裏付けとなる財政運営が不可欠だと」と財政制度等審議会で指摘した(4月20日朝日新聞)。すなわち、約5兆円超を、どこかからかすめ取る方式を提案したと考えられる。まさに医療費をはじめとする社会保障を「草刈り場として」かすめ取ろうとしているのではないか。
 「複雑な客観的状況を描き出すためには、いくつかの実例や統計資料を取り出すべきではなく(…任意の命題を証明するために個々の実例や統計を好きなだけ引き出し、恣意的に利用し思いのストーリーを作りだせるので)、全体像を描いてその中で示すべき」というレーニンの名言(「帝国主義」の序文:小生はレーニンの思想を支持しているではなく、考え方として妥当と感じている)がある。医療は文化を基盤に持つ社会インフラである。個々の事例を批判するナラティブな手法で、複雑な社会インフラの全体像は分析できまい。ましてやご都合主義で医療を破壊するのは許されない。医療の全体像を示しながら真摯な議論をすべきである。その点で、我が国の医療インフラの指標として、コロナ死亡者数(22年5月15日現在)は興味深い。世界で医療制度の範とされる米国(人口約3・3億)で約100万人、イギリス(約7000万人)で約18万人、フランス(約6500万人)で約15万人、ドイツ(約8400万人)で約14万人であり、我が国(約1・3億)では約3万人で、人口の年齢構成を考慮しない粗い比較であるが、明らかに少ない。社会インフラとして我が国の医療は、米国や英国、EU諸国より効率よく機能したのである。その社会インフラを恣意的な議論で破壊させてはならない。今こそ大局に立って国民に分かり易い医療制度の提言で反撃を行うべきであろう。
(右京・小泉 昭夫)

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