医師が選んだ医事紛争事例156  PDF

内視鏡検査(EGD)時の後縦隔気腫

(40歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は、10代後半に咽頭がん(手術と放射線治療)、30代半ばに感染性心膜内炎、心臓弁膜症の既往があり、内服薬としてワーファリン○R、補中益気湯○R、サリベーツ○R、タケプロン○Rが処方されていた。
 患者は職場の健康診断で前年と同様に上部内視鏡検査を経口で受けた。ベッドに右側臥位でキシロカインスプレーを3プッシュ投与してカメラ(直径8・9㎜)を嚥下した。ところが左梨状窩方向にも右梨状窩方向にも挿入できず、披裂部中央から挿入した。中央からの挿入はスムーズであった。この間要した時間は5~6分であった。
 検査後、患者は右肋骨部が痛み、圧痛を訴えたが、肺音や両頚部の腫脹等の異常も認められず、痛みも軽減したので帰宅。同日帰宅後に咽頭痛、右肋骨部の疼痛が増強したため、患者は他の耳鼻咽喉科医院を受診したところ、ファイバースコープ検査で水泡が認められたので、再度、本件医療機関を受診した。胸部CTを撮影し頚部から広い範囲で縦隔気腫が認められ、胃上部から食道にかけ壁内気腫が検出された。肝下面にフリーエアも僅かに認められたが腹水はなく、血管等による圧迫はなかった。今後、縦隔炎の危険性を考慮してICU入院として、絶飲食、抗生剤投与等で保存的に経過観察とした。
 健診から4日後にはA医療機関に転院し、その約2週間後に同院を退院した。
 患者側からの要求等は次の通りであった。①医療費の免除②入院時の休業補償③退院後の通院時の休業補償④事故原因の説明⑤慰謝料支払い⑥配偶者への休業補償―であった。
 医療機関側は、次の点から医療過誤を否定した。
 ①患者のサインした同意書に偶発症として「内視鏡による粘膜障害や裂傷、穿孔」が記載されていたので説明義務違反はない②数日前から咽頭の痛みがあった③患者に対して前年も胃カメラを実施したが特に問題はなかった④当時の胃がん検診精度管理委員会の調査によれば、粘膜裂傷の頻度は0・076%。担当医の内視鏡の経験は臨床医として35年間あり、本件医療機関に勤務後8年間で約2万8000件を経験。手技・能力に問題があったとは指摘できない。
 紛争発生から解決まで約2カ月間要した。
〈問題点〉
 縦隔気腫と内視鏡検査の因果関係は認められるが、手技に過誤を認める点はなく、説明義務違反もない。したがって医療過誤は否定されよう。
〈結果〉
 当初は、患者自身より患者の妻が激高していたが、患者側に対して協会があらためて医学的説明を行ったところ、賠償責任までは問えないことの納得を得た。同様の説明をするにしても、第三者が介入した方が患者側の納得を得やすくなった事例である。

ページの先頭へ