診察室よもやま話2 第6回 飯田 泰啓(相楽)  PDF

先生はえらい

 病気の早期発見や治療は健康寿命を延ばすためには欠かせない。最近の健康ブームの影響で多くの方が定期的に人間ドックを受けられている。ドック健診の結果を持って受診される患者さんは多い。
 中年のBさんがドック健診の結果を持って受診された。
 「先生、大変なのです。この結果を見てください」
 「どうされましたか」
 「この間、人間ドックを受けたのです。精密検査が必要と診断されたのです」
 健診で精密検査が必要となると、あわてて受診されることが多い。
 「検査結果は肝臓機能が悪いですね。それと糖尿病になりかけていますよ」
 「そうですか。これって大丈夫なのですか」
 「大丈夫な訳はないでしょう。それと、去年よりもずいぶんと体重が増えていませんか」
 「そうなのです。新型コロナが流行してから、運動不足になっています」
 「コロナ太りですね」
 「リモートワークなので自宅で仕事をしています。週に数回しか会社に行きません」
 「きっと、肥えられたことが原因ですね」
 「アルコールも飲まないのに、どうして肝臓が悪いのでしょう」
 「ちょっとベッドに横になって下さい」
 早速、腹部超音波検査をしてみた。
 「Bさん、立派な脂肪肝ですよ」
 「脂肪肝?」
 「そう、フォアグラですよ」
 脂肪肝のなかでも、アルコールを原因としない非アルコール性脂肪性肝疾患や非アルコール性脂肪肝炎が注目されている。生活習慣病の増加に伴って非アルコール性脂肪肝の有病率は増え、潜在患者は2000万人とも言われている。脂肪肝は食べすぎや運動不足を反映していて、進行すれば肝硬変や肝がんにつながる。脂肪肝の怖さを知ってもらい治療の後押しをするのは、かかりつけ医の役目である。
 「Bさん、脂肪肝も怖い病気なのですよ」
 「そうなのですか」
 「脂肪肝は進行すると肝硬変や肝がんになるのですよ」
 「太ることが悪いのですね」
 「そうですよ。それに糖尿病にもなりかけていますね。糖尿病も脂肪肝を悪くする原因なのです」
 現状では認められた脂肪肝への治療薬はない。そのため、食事や運動療法などの生活習慣病の治療が中心となる。
 「Bさん、体重を減らすことが大事ですよ。完全な糖尿病にならないためにも食事量を減らすことと運動をすることです」
 「はあ」
 「まずは、体重を1キロ減らしてみませんか」
 「そうですね。朝食を止めましょうか」
 「そんなのは長続きしませんよ。ジュースは飲んでいませんか。間食を止めましょう」
 「それほど、間食しないのですが。でも、リモートワークで自宅にいると、おやつが多かった気がします」
 「それと、運動ですね。コロナで通勤の回数が減ったのも問題ですね」
 「そうです。ほとんど自宅に籠りきりです」
 「一日のうち少しでも散歩されてはいかがですか。体操もよいですよ」
 話をしていると、だんだんと自分でもできないことを、偉そうにBさんに押し付けている気になってくる。それをBさんは、ありがたいこととして聞いている。なにか異様な気がする。
 以前に『先生はえらい』(内田樹著)で読んだのだが、「えらいと思った人、それがあなたの先生である」とのこと。「先生はえらい」のは既決事項のようである。学ぶのは学ぶもの自身であり、教えるものではないと書いてあった。人間は自分が学ぶことのできることしか学ぶことができない。学ぶことを欲望するものしか学ぶことができないとのことである。
 私の話がどこまで患者さんに達したかは分からない。それでも先生と呼ばれるからには「先生はえらい」と誤解してもらうしかない。話をしている医師自身もできないような生活改善の話がきっかけとなって患者さん自身が健康のことを学び、自分自身に適した生活の工夫をしてもらえることを願っている。

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