医師が選んだ医事紛争事例 155  PDF

内服薬を止めずに甲状腺穿刺して反応性腫脹

(80歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
 心房細動・慢性心不全・高血圧症・胃潰瘍でA医療機関に通院中の患者が、入浴後のふらつきを訴え、B医療機関に紹介され急性心不全の診断で入院した。退院時に甲状腺・耳下腺腫脹(2カ所、8㎜~9㎜)を指摘され、約1カ月後に頚部エコーを実施した。さらに、その1週間後にA医療機関から本件医療機関外科に紹介され受診した。
 担当医は甲状腺生検が必要と判断し実施したが、穿刺した際に、穿刺針の先端が甲状腺内の細動脈に当たったため、検査を中止し、5分間圧迫止血をしてその後に再穿刺した。しかしその際、担当医は患者がプラビックスR(血栓塞栓形成抑制剤)とリクシアナR(同)を処方され内服していたことの確認を失念しており、後日そのことが判明した。患者は生検後、同日にカラオケ教室に参加し帰宅したが、頚部周辺の腫脹に気づき、体がだるいとのことで再来院してきた。その際、BP223/88㎜Hg、SpO2 97%で、頚部腫脹を認め、その他に軽度の呼吸困難をも訴えた。CT撮影により、気管確保が必要と判断され、B医療機関に搬送したが、満床のためC医療機関に転院となった。そこでステロイド投与を受け腫脹が改善したが、アレルギー様反応による反応性腫脹が主体と診断され、B医療機関に転院して、約20日間の入院となった。
 患者側としては、額は明示しなかったが示談を希望してきた。
 医療機関側としては、通常であれば患者の内服薬を確認して、プラビックスRとリクシアナRが投与されていた場合は内服を止めた後に甲状腺穿刺をする。その確認を怠った点で過誤を認めた。さらに反応性腫脹は過誤がなくても一定の確率で発生するが、その説明も怠っていたとして説明義務違反も認めた。なお、A医療機関からの紹介状には、投薬に関する情報がなかったとのことだった。
 紛争発生から解決まで約3カ月間要した。
〈問題点〉
 2種類の薬剤を停止せずに甲状腺穿刺を実施したこと自体は明らかな過誤である。呼吸困難との因果関係については、①呼吸困難は穿刺による出血によるものか②呼吸困難は患者の素因である腫脹によるものか―が検討された。①であれば、薬剤を停止しなかったことと患者の損害に因果関係が極めて大きいと言えるが、②の場合であれば、薬剤を停止しなかったこととあまり因果関係は認められず、患者の原疾患によるものとなろう。したがって過誤が認められるとしても、大きな実害は発生しなかったので、いわゆる実損もなく問題化され難くなる。
 なお、療養指導を怠ったため、患者は生検後にカラオケをしたが、カラオケとその後の患者に呼吸困難の症状が生じて、その容態が悪くなったこととの間の因果関係を認めることは医学的には困難であった。さらにA医療機関から当該医療機関に患者の投薬状況を知らされなかったが、A医療機関は、生検を依頼するために紹介したものではなく、しかも心血管系罹病の診断名が情報提供されており、外科的処置を実施する医療機関がそれを調査せず、プラビックスR、リクシアナRの処方が紹介状に記載されていなかったことをもって、不備とされるのは心外であると主張した。
 しかし、患者が服用する薬剤を患者から入手し調査すると、提示漏れなど齟齬が生じる可能性もある。服用を継続している処方薬剤名は記載する方が患者に親切であろう。
 なお、診療情報提供料の算定要件では「処方」記載欄があり、記入が必要である。
〈結果〉
 調査をしても上記①②のいずれかを特定することはできなかった。医療機関側は、説明義務違反のみを認めて示談した。

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