医師が選んだ医事紛争事例 150  PDF

基底細胞上皮がんの見落とし

(60歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 患者には過去に本件医療機関にて鼻背部の粉瘤(アテローム)との診断を受けた既往歴がある。その約3年後、患者は左頬部に時々痛みが生じると、本件医療機関を受診した。医師は、鼻部に毛包炎様の炎症症状を認め、毛包炎と診断し抗生物質のフロモックス錠?・3錠×5日分と、外用薬アクアチムクリーム?10gを処方した。なお、左頬部は脂漏性角化症と考えられたが、すでに市販外用薬が塗布されていたために経過観察とした。
 受診から約1カ月後、患者は経過観察のため再度本件医療機関を受診した。その際、医師は鼻部についてセフェム系抗生物質で効果が認められなかったので、ミノマイシン錠?・2錠×14日を処方した。また、左頬部についてはダーモスコピーで診て、脂漏性角化症と確定診断した。
 ところがその4カ月後に、患者から本件医療機関に対して鼻背部について「他院で皮膚がんの診断を受けた」と連絡があった。患者は二度にわたり受診したにもかかわらず、医師が皮膚生検を実施せず、皮膚がんの発見が遅れたこと。そのことにより、手術による侵襲度が大きくなると誤診を訴えたが、明確な賠償請求はなかった。
 医療機関は悪性所見が生じているとは疑っていなかったが、薬剤に対する反応を見た上で、次のステップに移るのが一般的だと主張。よって、過誤の有無については判断できないとした。
 紛争発生から解決まで約3年間を要した。
〈問題点〉
 3年前に鼻背部についてアテロームと診断したが、当時の写真を見ると浸潤を伴う境界明瞭な紅斑が見られ、周辺にも少し隆起があるように見え、腫瘍性の変化が疑われた。アテロームの他に、日光角化症や基底細胞腫(どちらも部分的にせよ黒色調の変化を伴うことが多い)も鑑別の対象となる。3年前のカルテにはこの部位の注記として「時々腫れる」とのみ記載されており、時々感染を生じて腫れる感染性粉瘤を考えたのなら対応は妥当となる。他の医療機関の形成外科受診を勧めたこともカルテから判明しており、適切な対応と考えられる。ただし、患者は形成外科を受診しなかった。
 患者が3年ぶりに受診した際の鼻の患部がどのような状態になっていたのかが気になるところだが、写真がないために判断はできなかった。進展速度が遅い腫瘍なので、恐らくそう変化していないものと想像される。医師は鼻背部のアテロームに細菌感染が再度生じ腫れたものだと考えて、フロモックス?の処方をしたのだと思われる。その効果の有無を見て、もう一度別の抗生物質の投与を考えるか、腫瘍性のものを考えて生検を行うかは医師の裁量による医学的判断に基づくものとなる。ただ、女性の顔の中心部である鼻梁部分の生検は縫い寄せもし辛く、傷も目立つので戸惑いが生じる。
 しかし、3年振りの受診時に患部に先述したような色素性の変化があれば、基底細胞腫の鑑別診断を考慮することになる。よって、本件医療機関の「悪性所見は疑っていなかった」という報告書の記載には疑問を残した。顔の中心で長く続く変化であったならば、基底細胞腫は念頭に置くべきともされている。
 鼻背部の治療には手術を要するが、患部の大きさがそう変化していないのなら、確定診断の3年の遅れが患者に大きな負担を生じさせたとは考えられなかった。
 なお、基底細胞腫は局所で浸潤拡大するのみで転移しないため、死に至る可能性は低いとされている。
〈結果〉
 医療機関が診療過程において過誤はなく賠償責任はないと患者側に伝えたところ、患者側からのクレームが途絶えて久しくなったので、立ち消え解決とみなされた。

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