鈍考急考 23  PDF

医療と生活経済で論戦を 原 昌平( ジャーナリスト)

 表紙は変わったけど、中身はちっとも変わらない?
 新首相になった岸田文雄氏による自民党役員人事、閣僚人事は、清新さも華も乏しいものだった。論功行賞を優先させ、金銭疑惑で逃げ回った甘利明氏を幹事長にした。
 見え見えなのは安倍元首相、麻生前財務相への配慮。総裁選の決選投票で勝たせてもらった恩義なのか、具体的なポスト要求を受けたのか。
〈安倍ソンタク政権〉などと呼ばれかねない布陣である。
 安倍・菅政権は9年近くに及んだ。政策面の是非はいったん置くとしても、政治と国家運営のあり方の面では、巨大な害悪をもたらした。
 第1に社会の分断。敵と味方に分ける発想で、仲間を優遇し、異論を述べる者はつぶしにかかる。モリ・カケ・サクラの疑惑でも、権力を自分たちのために使ってかまわないという感覚がうかがえる。
 第2に憲法・法律の無視。安保法制、検察官人事、学術会議などで従来の政府解釈を好き勝手に変えた。憲法の規定に基づいて野党が求めた臨時国会の召集も拒んだ。
 第3にウソと隠蔽である。説明拒否、はぐらかし、虚偽答弁、改ざんは数えきれない。菅氏が官房長官だった時の鉄面皮な態度がその土壌を育んだ(実際は、説明や答弁をする能力が菅氏になかった)。
 第4に恣意的な人事。内閣人事局を使って官僚を言いなりにさせ、気骨のある官僚は左遷した。内閣法制局、検察庁、裁判所の人事にも手を突っ込んだ。気に入らない学者は任命を拒否した。
 第5にメディア工作。NHKには経営委員や会長らの人選を通じて影響を及ぼし、新聞社や放送局の幹部とも会食を重ねた。ネットでは右翼排外主義の発信があふれ、一部の雑誌は露骨な安倍礼賛の特集を繰り返した。それらの領域に公的資金は使われていないのか、電通はどうなのか。
 岸田氏は、安倍支配からの脱却を問われ続ける。中曽根政権は当初、「田中曽根内閣」と皮肉られた。自立を図ろうとする度胸、信念、政治力が岸田氏にあるかどうか。
 経済政策では岸田カラーを打ち出した。「新自由主義的政策の転換」「成長と分配」「所得倍増」を掲げ、ハト派のイメージと連動させる。
 陰険で気迫の見えない菅氏と交代して、ご祝儀相場がしばらく続くはず。初入閣者の多い閣僚から失言や不祥事が出ないうちに、総選挙をやってしまう作戦である。
 問題は経済政策の具体的内容だ。言葉だけではないのか、方法は適切か。報道機関や有識者の批判的検討力と、選挙民の眼力が試される。
 野党はどうするのか。安倍・菅政権のマイナス面、岸田政権の安倍支配を強調したくなるのはわかる。お灸を据えたい有権者もいるだろう。
 しかし多数の有権者の投票行動を左右するのは「暮らし」である。検査や医療体制を含めたコロナ対策。そして苦境にある家計、労働者、事業者、企業のために前向きでわかりやすい生活経済政策をアピールできるか。
 暮らしの分野でインパクトのある提案を押し出さないと、いくら攻撃のボルテージを上げても、負ける。

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