医師が選んだ 医事紛争事例 148  PDF

法外な賠償請求には毅然とした対応を

(60歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は本件医療機関で胃潰瘍、慢性肝炎、狭心症の疑いで胃生検組織診断を受けた結果、Group5(がん)と診断された。医師は、患者に約2週間後に再診するように指導しており、またその指導のカルテ記載もあったが、患者が来院せず検査結果もそのまま報告されなかった。さらに受診から2年後に急性気管支炎、4年後に脱水症、5年後に肺炎等で本件医療機関を受診したが、医師はGroup5(がん)であるとの病理診断の事実を患者に報告することを失念していた。
 その後、職場の健康診断のため本件医療機関で胃カメラ検査を実施した際に、報告漏れに気付いてすぐに患者に報告。その約3カ月後に患者はA医療機関で内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic Submucosal Dissection)を受けた。なお、がん細胞は上皮細胞内にとどまっており(Stage0)、転移はなく手術も無事に終了して完治とされた。患者の予後に関しても問題なく、A医療機関の医師の見解でも、仮に5年前に通常通り手術を実施していたとしても今回と同様の手術手技であり、入院期間の延長もなく、不利益はないとのことだった。
 患者は、気性の荒い息子がいるので、報告漏れがあったことを家族には連絡しないようにと忠告してきた。また、医療機関側の対応によってはマスコミに暴露することを仄めかした。
 医療機関は、5年前の検査結果に報告漏れがあったことを謝罪するとともに、今後の治療に対して誠意をもって対応することを約束した。なお、医療機関は5年間の遅延が患者の予後には影響しなかったことを安堵する一方で、医師賠償責任保険の適用額が気になるとのことだった。
 さらに医療機関は、本人が2週間後に来院せず、検査結果を聞きに来なかった患者の過失もあるが、報告の遅れとしての医療過誤(契約上履行遅滞)も明らかなので、マスコミに暴露されたり、裁判だけは絶対に避けたいとの意向を示した。今後の対策としては、Group3(腺腫)以上の患者データはカルテと別に保管して、ダブルチェックを徹底し、相当する患者への呼び出しを実施するとし、患者に改善策を示した。
 紛争発生から解決まで約4カ月間要した。
〈問題点〉
 患者は幸い高分化型の胃がんであって、5年間の治療遅滞が予後に影響しなかったが、Group5(がん)である診断事実を伝えなかったことは過誤と判断せざるを得ない。がんは横に広がった程度で深達度も進行せず粘膜上皮内がん(早期がん)で、粘膜筋板を超えずリンパ節転移のまだないステージのままだった。医療機関側の主張する通り、手術手技も変わらず、入院期間の延長もない。よって5年間の遅延による「実害」は認められなかった。医療機関側としては、医師賠償責任保険が全額適用されなかったとしても、やむを得ないとして、患者側の請求を受け入れてしまった。医療過誤があり、かつ、患者側の要求が法外な場合に「毅然とした」態度を取るのが、いかに難しいかを示す事例となった。
〈結果〉
 マスコミへの暴露を心配した医療機関側は、患者側の請求額通りに賠償金を支払い示談した。なお、医師賠償責任保険はその一部しか適用されなかったので、通常より高額な示談となったと言える。

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