医師が選んだ医事紛争事例 146  PDF

弾発母指手術で神経損傷

(50歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 本件医療機関の医師が患者の右母指を診察したところ、右母指のIP関節は強直状態で、屈曲・対向時には、指掌間距離が60㎜ で、滑車(pulley)に硬結を触知し、MP関節部に強い圧痛を認めた。後日、腱膜切開術を実施した。ターニケットを装着して圧迫止血し、「くの字」切開で侵入。腱膜切開に計約10分を要した。なお、術前の血圧が220/108㎜Hgと高く、患者は手術開始後数分してターニケット痛を訴えたため解除したところ、予想外の出血を認めた。そこでターニケットを用いず徒手的に圧迫・止血を行いつつ、手術を再開した。しかし手術終了前に神経切断を発見し、約1時間かけて神経断端を探した。神経縫合は顕微鏡手術となるので後日の再手術を考え、末梢側の断端には神経と思われる部分にマーキングとしてナイロン糸をかけ手術を終えた。なお、中枢側の断端は明瞭に確認できた。
 術後、指神経損傷を強く疑わす所見が再度確認されたので、神経縫合術には他医療機関の専門医を紹介して、神経縫合術の追加手術を求めることとした。
 患者側は、右母指の痺れ感を気にしている様子が窺われ、他医療機関の医療費を要求してきた。
 医療機関側としては、術野をもっと拡大して視野を確保していれば、神経損傷は避けられたとして、過誤を認めた。患者の予後については、神経縫合術後に知覚の回復が得られれば、後遺障害もほとんどなくなり2カ月程度で症状固定となろうとのことであった。
 紛争発生から解決まで約4カ月間要した。
〈問題点〉
 以下の点において、医療過誤が認められた。
 ①手術手技についてはターニケット痛の訴えでそれを除去した際、想定外の出血を認め術野が確認できなくなっていたことからすれば、再度、止血を確実にして無血視野を確保するなど、ただちに手術を中断してターニケットの再装着とそれを容易とする麻酔方法の調整など検討するべきではなかったか。
 ②また、指神経の通過は解剖学的にもよく知られており、その損傷が不可抗力とは認められ難い。
 ③説明については定型の同意書はあったが、今回の手術は必ずしも絶対適応ではなかったので、神経損傷、痺れ感の発症・残存等の可能性の項目を説明して、患者に手術をせず保存的治療を先行する等の選択肢を与えるべきではなかったか。
〈結果〉
 医療機関側は過誤を認めて、誠意をもって患者側に謝罪して賠償金額を提示し示談した。

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