肛門科の徒然日記 2 渡邉 賢治(西陣)  PDF

芭蕉の症状緩和は山中温泉で

 「裂肛ですよ」と病名をつけられた患者さんの中には、排便時に痛みや出血がなく、何の症状もなくても、「自分は裂肛を持っているんだ」と思って悩んでいる人がいます。でもこれは間違いで、排便の時に痛みや出血がなく、自覚症状がなくなればその時はもう裂肛は治っているのです。見える傷だと、治ったことが自分で確認できるので安心なのですが、どうしても自分では傷の具合が見えないので、不安に感じてしまうのだと思います。
 このように一時的に傷がついて痛くても、自然に治ってしまう裂肛を急性裂肛といいます。
 ただ、便秘や下痢などが続いて排便の状態が悪く、切れたり治ったりを繰り返していくうちに段々治りにくくなったり、切れやすくなったりします。症状としては、排便の時だけでなく排便後も痛みが持続するようになります。これは、排便時の痛みで内肛門括約筋(内側の括約筋で、直腸に便が来て便意を感じると自然に緩んで便を出しやすくしてくれる筋肉です)の緊張、締りが強くなってしまい、柔らかい便が出ても切れてしまうようになります。裂肛も硬く潰瘍状になったり、潰瘍状になった裂肛に便が引っかかり炎症を起こして肛門ポリープができたりします。こうなってくると慢性裂肛になり、手術が必要になってきます。
 裂肛で悩んでいる患者さんの可哀そうなところは、痛みは我慢していれば治るのではと頑張ってしまうところです。なかなか診察に行くことができないこともあると思いますが、裂肛は痛みを我慢すればするほど、肛門の緊張が強くなってどんどん悪くなってしまいます。早いうちですと、排便の状態を良くしてあげるだけで良くなっていきます。
 さて、手術になってしまった場合です。「肛門の手術は何でも痛い!」と思っている人が多いと思いますが、それは間違いで、手術で何をしてあげるかで決まります。裂肛の場合は、排便時や排便後の痛みを取るのが目的です。本来、自然に治っていかなければならない傷が治りにくくなった、その原因を取り除くと裂肛は自然に治っていきます。
 では手術で何をするかというと、緊張の強くなった内肛門括約筋の緊張をとって正常な元の状態に戻したり、炎症のためにできた肛門ポリープがあった場合は、これを切除したりして本来の状態に戻してあげることで裂肛は良くなります。手術も局所麻酔をして、約10分程度で終わります。手術後の排便時の痛みも、大抵の場合、最初の排便の時から痛みが楽になります。
 裂肛はどうしても痛みがあるので、とても不安になると思いますが、怖がらずに診察を受けてみて下さい。
 さて、前回紹介した松尾芭蕉の持病「裂肛」の話です。元禄2年7月27日から8月5日まで、芭蕉は旅の途中、山中温泉の出湯、泉屋に宿泊し、この間に薬師堂を訪れたり、温泉につかり旅の疲れを癒したそうです。
 そこで読んだ句が、
 “山中や 菊はたおらぬ
  湯の匂ひ”
(山中の湯に浴せば、中国の菊慈童が集めた不老長寿の菊の露を飲むまでもない)。
 裂肛もゆっくり温まることで、肛門の緊張がとれ、血液の流れが良くなることで症状が良くなります。松尾芭蕉も旅の疲れを癒しただけでなく、持病の具合も温泉で良くなったのでしょう。でも今だったら1泊2日の入院手術で楽になり、四国への旅を続けていくことができたかもしれませんね。

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