医師が選んだ医事紛争事例 142  PDF

頚椎前方固定術後に死因不明で死亡

(70歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は本件医療機関に強直性脊椎骨増殖症(フォレスター病)、関節リウマチ、糖尿病等で入院した。頚椎の巨大な骨棘により嚥下障害を生じることから、全身麻酔下でC2/3、C5/6の一部とC3/4、C4/5では大きく前方の骨棘切除術を行い、骨棘は一部が前方固定に用いられた。所要時間は2時間29分であった。術直後の経過は自分で喀痰を排出し喋れるなど良好であり、準夜帯にも眠っている時はいびきを掻いていた。翌朝の未明にも、看護師は患者がいびきを掻いて寝ているのを確認した。しかし、その約1時間後に看護師が訪室すると患者はすでに心肺停止状態となっており、ただちに救急蘇生、気管内挿管等の措置を開始したが、約1時間30分後に死亡を確認した。同日に病理解剖を実施したが死因は不明であった。
 患者側は、以下の点について医療機関側に過誤があると疑い、弁護士を介して質問状を送付してきた後に訴訟を申し立てた。
 ①手術の適応②病理解剖の結果が死因不明とは理解しがたい③電子カルテに未明から死亡時刻の心肺停止になった間の記載がないのは不自然であり、改竄が疑われる。
 医療機関側としては、以下のように検証内容を示した。
 ①直接的な合併症となる食道・気管などの損傷、血腫形成による気道閉塞等は解剖所見上認められなかった②肺塞栓・心筋梗塞等の所見は認められなかったが、肺水腫の所見があった。経過より心肺停止によるもので心不全が推測される③術後の覚醒状況・呼吸状態より、麻酔覚醒遅延や鎮痛剤投与を原因とする呼吸不全の可能性は極めて低い④喀痰・血痰の排出困難による窒息とする可能性も否定的であった⑤糖尿病のためインスリン注射が行われているが、夜間の血糖コントロール、糖質の輸液、蘇生時の血糖値から、低血糖・高血糖による著明な代謝異常が原因とは考えにくい⑥急性副腎不全が原因とは考えにくい⑦患者は向精神薬(レプロメール?、パキシル?)を服薬しており、突然の不整脈の可能性は否定できないが、心電図モニタリングが実施されておらず検証できない。
 以上のことを踏まえ、手術・麻酔に関する過誤はないと判断するが、心電図モニターの記録を取らなかった術後管理体制の検討、ないし変更が必要と考える。
 紛争発生から解決まで約6年11カ月間要した。
〈問題点〉
 手術適応について問題はない。術後管理に関して心電図モニターを装着していなかったことが問責された。医療機関側は患者の術後の状態が良好であったことから、心電図モニターの必要なしと判断したとのことだが、裁判上はその管理責任が厳しく問われることとなった。
〈結果〉
 医療機関側は第1審で敗訴となったが、裁判所が鑑定書をもとに喀痰による気道閉塞、呼吸不全が死因であると結論付けたことに対し控訴。第2審において予見可能性は低く救命は難しかったとする複数の意見書が医療機関側から提出されたが、主張は認められず、第1審と同じく敗訴となった。

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