医師が選んだ医事紛争事例140 自殺防止対策はどこまで必要  PDF

(60歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は胃がんで本件医療機関に入院し治療中であったが、見当識障害や譫妄症状が顕著に見られるようになったため、看護師詰所に近い重症管理室に転室となった。その約1週間後の未明に物音がしたため、看護師が訪室すると、患者は洗面をしていて特に異常は認められなかった。しかし、その約15分後にはモニターカメラに患者の姿が映っていないことが判明し、すぐに患者を探すとともに家族に連絡をした。患者が姿を消してから約2時間後に本件医療機関の敷地内で倒れているのが発見された。患者はすでに絶命しており、自分の病室である2階(高さ約10m)の窓を開けてベランダから飛び降りた模様。なお、全ての建物が対象ではないが、建築基準法上、ベランダからの転落防止のため高さ1.1m以上の外枠が必要とされている。
 遺族は、医療機関が管理責任を怠ったとして、弁護士を介して賠償金を請求してきた。
 医療機関は、患者の姿を確認した看護師がモニターを見なかったのは15分程度であったことと、深夜帯であったことなどから、管理が不十分であったとは言えないとして無責を主張。
 紛争発生から解決まで約4年11カ月間要した。
〈問題点〉
 患者のいた病室の窓は施錠してあったが、患者自ら解錠して飛び降りたとのことだった。医療機関としては、以前も自殺事件が発生していたことから、患者本人では解錠して開閉することのできない窓の設置にする案も出ていた。しかし、建築基準法(第28条)により採光、換気のための窓や開口部を必要としており、また、火災時には避難・救出時に脱出口としても使用できることが求められていて、全く開口不能とすることも不可能だった。したがって、過失はなかったと判断できる。
 医療機関側は、今回の紛争について、逆に被害者意識を持っていた様子が窺われ、院内の事故調査委員会開催も必要ないと判断した。マンパワー不足が今回の事故の二次的要因となった可能性は否定できないが、飛び降り自殺は今回で2回目とのことであり、見当識障害のある患者の病室の鍵については、簡単に開けられないようにするなど、工夫すべき点はあった。窓からの転落防止には、窓の開口部の下半分を制止する外枠の設置も考えられるが、火災時に外部から窓ガラス等を破壊して放水注入、侵入、救出等を妨害しない限度の構造であることが必要である。
 なお、老人介護保健施設の認知症専門病棟に短期入所した84歳男性の事例では、帰宅願望が強く、食堂の窓をこじ開け転落。骨盤骨折で出血死し、遺族は2354万余円の賠償を求め提訴。地裁(東京地判平26.9.11)では請求を棄却されたが、控訴審では窓枠ストッパーの不備により25㎝の隙間ができ、そこから脱出できたとして土地の工作物の設置または保存の瑕疵(民法717条)により、1956万余円が認められた(東京高判平28.3.23)。土地の工作物の整備には要注意である。
〈結果〉
 医療機関側が、管理ミスがないことを患者側代理人に伝えたところ、患者側のクレームが途絶えて久しくなったために、立ち消え解決とみなされた。

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