理事長声明 デジタル改革関連法案の指す未来像を危惧する  PDF

 デジタル改革関連法が5月12日、参院本会議で可決、成立。本声明は4月30日に発表し、首相および国会議員に送付した。

 開会中の第204通常国会において審議中のデジタル改革関連法案はデジタル社会形成基本法案、デジタル庁設置法案、デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案、地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案等6本ある。
 国の目指す未来像、デジタル社会とはどのようなものか。それは一言でいえば行政等の管理するあらゆる情報を、民間事業者が利活用できる仕組みを作ること。それを以て経済活動を活性化させること。かつて安倍前政権が掲げたスローガン「世界一企業が活躍しやすい国」づくりである。無論、経済活動に活用される情報には、私たちの患者さんの機微な医療情報も含まれることになる。
 基本法である「デジタル社会形成基本法案」には、それを裏付ける条文がいくつも盛り込まれている。
 「(目的)第1条」には「デジタル社会の形成が、我が国の国際競争力の強化及び国民の利便性の向上に資する」ことを目指すとある。「第2章 基本理念」は第3~12条に亘っているが、法案内容を協議した「デジタル改革閣僚会議デジタル改革関連法案ワーキンググループ」では提示されていた「基本10原則:2.公平・倫理=個人が自分の情報を主体的にコントロール」が明確な形では盛り込まれていない。欧州では基本原則とされている「忘れられる権利(個人情報の自己決定権)」を含む重要な原則だが、法案では「第10条:個人及び法人の権利利益、国の安全等が害されることのないようにされるとともに、情報の自由かつ安全な流通の確保」と触れられているのみである。「第26条」には「個人情報の有用性及び保護の必要性を踏まえた規制の見直し」とあるものの、あくまで「情報の活用による経済活動の促進を図る」との文脈においてであり、WG段階より大きく後退している。
 さらに「第4条」は、デジタル社会の形成は「情報の活用」により、「経済構造改革の推進及び産業国際競争力の強化に寄与するものでなければならない」とある。そのため「(経済活動の促進)第26条」において「情報の活用による経済活動の促進を図るために必要な措置が講じられなければならない」としている。
 即ち、国はデジタル社会の形成で「国民の利便性」を高めることなどまったく目指していない。真の意図はあくまで「有用性」の高い「情報」の無制限な活用を民間事業体に許すことである。それによる経済活動の活性化を国家総動員体制で推進することである。その証左に「(国及び地方公共団体と民間との役割分担)第9条」は、「デジタル社会の形成に当たっては、民間が主導的役割を担うことを原則」とし、国・地方公共団体の役割は「公正な競争の促進、規制の見直し等デジタル社会の形成を阻害する要因の解消」等の「環境整備」であると規定している。民間事業者による「情報」の利活用を阻害するあらゆる仕組みを国・自治体の責任で取り除くことを義務づけているのである。
 そうしたデジタル社会の実現を目指す事務を司るのがデジタル庁である。「デジタル庁設置法案」はわざわざ「デジタル庁の長」に「内閣総理大臣」(第6条)を充てる。国家の最高権力者が指揮・命令し、「デジタル社会の形成に関する重点計画」を作成し、強力に推進するのである。
 同時に 、「関係法律の整備に関する法律案」によって私たちの生活基盤を構成する様々な現行法を見直し、国の目指すデジタル社会形成との整合を図ろうとする。改正が狙われる法は民法・地方自治法・個人情報保護法・マイナンバー法等、多岐にわたる。とりわけマイナンバー法はその活用を大きく広げ、様々な個人情報の紐づけが企図される。また個人情報保護法については行政機関個人保護法・独立行政法人等個人保護法と一本化し、各地方に委ねられてきた個人情報の定義等を国・民間・地方で統一し、その活用のハードルを下げる。個人情報保護法は本来、日本国憲法第13条に直結し、国民の基本的人権の1つとしてプライバシー権を位置付け、それを守る「基本法」である。にもかかわらず、本来下位に位置する個別法に過ぎない「デジタル改革関係法律の整備に関する法律案 」によって勝手に法改正を図る手法自体が問題である。個人情報保護法の改正が必要であれば単独で充分に時間を確保し、審議すべき内容であるはずだ。
 一方で、「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案」は、住民基本台帳、選挙人名簿管理、固定資産税、個人住民税、法人住民税、国民健康保険、介護保険、子ども・子育て等、行政の保有するあらゆる情報の管理システムを、国の準備する標準フォーマットに変えさせる。これにより地方自治体の保有する情報を、常に国が共有し、一括管理・活用することが可能となる。既に総務省は「自治体DX(デジタル・トランスフォーメーション)推進計画」をとりまとめており、自治体の情報システムの標準化・共通化やマイナンバーカードの普及・促進等を図らせ、各自治体に「地方版デジタル庁」といえる組織体制の整備、「デジタル人材の確保・育成」策として「外部人材の活用」(民間事業者を自治体の意思決定に参加させる)を求めている。さらに「スーパーシティ法」(国家戦略特区法一部改正・2020年5月成立)を用いて、自治体が「データ連携基盤整備事業者」にデータ連携基盤を構築させ、「先端的サービス実施事業者」に医療や介護も含めた「先端的サービス」を実施させる「スーパーシティ」を公募している。国が自治体を情報利活用による経済活動の主戦場と考えていることは明らかである。
 以上のように、デジタル改革関連法案が指す未来像は、私たち一人ひとりの情報が国家によって吸い上げられ、あますことなく企業活動に使われる。私たちの生命と健康を守る地方自治体でさえ、企業活動を支えるツールになり果てる。国の目指すデジタル社会においては医療情報も医療・医学の発展ではなく、企業活動のために用いられることになる。私たちは医療者として、そのような暗澹たる未来を是とするわけにはいかない。
 デジタルとは国や企業だけを栄えさせるために存在するわけではないはずだ。
2021年4月30日
京都府保険医協会
理事長 鈴木 卓

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