談話 繰り返される「日本経済新聞」の民間病院バッシングを糾す 理事長 鈴木 卓  PDF

 新型コロナ感染症患者の受け入れを巡って、またも日本経済新聞(日経)は民間病院バッシングと読める社説を掲載した。5月4日号で「医療体制を問い直す」と題し、「日本に急性期病床は約88万9千床ある。(中略)しかし、重症者に対応するはずの急性期病床でコロナ患者を受け入れたのは、わずか3%に過ぎない。それも公立・公的病院が大半だ。全病院の8割を占める民間病院の受け入れは少ない。(中略)急性期病床を名乗りながら、重篤でない患者で病床を埋める病院がある」と。5月1日号でも、多くの民間病院を「なんちゃって急性期」病院と揶揄、非難していた。実はこの言葉には出典があり、2021年4月の「第2回財政審・財政制度分科会」資料に「急性期を選択して報告しながら実際には医療資源投入量が少ない低密度医療しか行わない病床(いわゆる「なんちゃって急性期」の病床)のあり方を見直す必要」と書いてある。同時期に頻回にマスコミに取り上げられたのが、厚労省ホームページ「地域医療構想」の中の「参考資料:医療機関の新型コロナウイルス感染症患者の受入状況等について」の図であった。これにより、新型コロナ患者の受入可能病院は、公立71%、公的等83%、これに対して民間は21%とその低さが強調された。このデータには後日譚があり、同「補足資料」と題された訂正版がこっそり追加され、そこでは該当するデータ中、公的病院等とした病院の中に民間の地域医療支援病院が含まれており、この分を民間に移動すると、民間病院の受入可能病院は30%になることが示されていた。しかしいまだに21%の印象操作が頻繁に引用、喧伝されている。「補足資料」によると、民間の200床以上病院では新型コロナ患者受入体制は59・3%あるが、これには触れられない。
 そもそも議論の根底となるデータを日経は最初から間違えている。「日本に急性期病床は約88万9千床ある」との前提が間違いである。厚労省の最新の「医療施設動態調査:結果の概要」によると、令和元年種類別病床数の病院総病床数152万9215床、うち一般病床が88万7847床で日経はこれを採ってきたと思われる(ちなみに感染症病床1888、結核病床4370)。この一般病床の中には回復期リハ病床(7万9030)、及び地域包括病床(4万5541)、地域一般病床(正確な病床数不明)やその他特殊病床も含まれる。これらは“急性期病床”ではない。また、高度急性期病床内でもコロナに対応してはいけない病床もある。結局対象となる急性期病床数は約60万床である。“89万床”は為にする印象数字である。しかもこの急性期の中の約70%は200床未満の中小病院であり、その中の約86%が民間病院である。中小病院がコロナ患者を受け入れ可能となるための最小限の条件は、感染者と非感染者用の病床をきっちり分離・ゾーニングができ、前室(イエローゾーン)が確保されることである。ところが、多くの病院は一般病棟1フロア約50床の建物で、その中に共同のトイレ・洗面・入浴設備等が1カ所の構造が大半であろう。1フロア丸ごとコロナ病床にしないと共有部分のゾーニングが極めて困難である。病棟内の部分的ゾーニングは、診療・看護、配膳・下膳、リネン交換、汚物処理、掃除、レッドゾーンへの出入りの度の防護具の安全な着脱の繰り返し、など極めて高負担、非効率な作業の連続で、人的(特に看護師増員)・資材的保障がないと不可能である。これができないと病院内クラスターを発生させかねない(現に多発して、更なる医療逼迫を引き起こしている)。また、コロナ感染症以外の患者の入院治療・手術などを制限して地域医療を損ないかねず、空床確保の運営利益の損失補てんなど国・自治体からの対策・支援、他病院の協力なしには成し得ない。もちろんこのような困難な中、コロナ患者を引き受けている100床未満の病院もある。これらの病院には敬意を表するとともに、少しでも多くの中小民間病院でもコロナ患者受入対応ができる条件整備(人的、金銭的支援も含めて)や大病院との役割分担と相互のスムーズな連携体制構築を、まず政治に迫ることがジャーナリズムとしての矜持ではなかろうか。
 さらに、聞き捨てならない言葉が「なんちゃって急性期」である。論者は、急性期一般入院料の算定が、診療報酬の「重症度・医療看護必要度」で縛られていることを知らないようである。今、病院は各入院基本料のカテゴリー基準を満たした重症患者を一定割合数受け入れ続けなければ格下げ、入院基本料減額となる経営リスクに晒されている。しかも、毎回の診療報酬の改定でこのクリア基準が厳しくなっており、診療データ提出が義務化され、押し下げ圧力が働き、“なんちゃって・低密度医療”でお茶を濁すことはできない仕組みができている。これを知らずに政府やマスコミは議論すべきではない。
 そして、このような診療報酬体系を含めた制度の背景には国の「地域医療構想」(=急性期病床や公的病院の削減等)と、その元となる医療費削減政策がある。新型コロナの感染拡大を受け、感染症対応病床不足、高度急性期病床不足、医師・スタッフ不足、専門医(感染症、集中治療室、等)不足、検査体制不足、検疫体制不足、など今日の日本の医療提供体制の弱点が炙り出された。問題は、この事態を受け、この現実を目前にしながら、そしてその数々のデータ指標を見ながら、これを全く考慮することなく、“粛々と”地域医療構想、病床統廃合(削減)計画、診療報酬抑制を、コロナ前と同様に(コロナ問題など全くないかのように)推し進めている政府の姿勢である。緊急事態宣言を巡っても、政府からデータで説明されたことは一切ない。何のための医療データ収集とその利活用なのであろうか? 政策に活かし、またその国民への説明に活用してこそ医療データの収集・分析も意味がある。それを行わないとすると、データの別用途の利活用にのみ真の目的があるとの本質が見透かされる。
 新型コロナのこれまでの対応を総括しつつ、今後の日本の医療提供体制を根本からゼロベースで再構築する。今までの検討会議論を抜本的に見直すこともいとわないで検討を進める。今、医療界も政界や行政組織もマスコミもお互いに協力し、総力を挙げて取り組まないと本当に日本の医療が崩れてしまいかねない危機である。根拠のないデータで医療機関や医療者を貶め続ける日経には社会の公器としての立ち位置を自覚し、自らの猛省を促したい。

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