医師が選んだ医事紛争事例 139  PDF

大動脈弁狭窄症で術中に肝損傷

(80歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は、腰痛のため本件医療機関の救急外来を受診した。CTで腹部大動脈瘤が発見され、切迫破裂の疑いで心臓血管外科に入院となった。エコー検査等の所見からは突然死の可能性も考えられたため、患者・家族に説明の上、初診から約2カ月後にまずは全身麻酔下・体外循環下に大動脈弁置換術および冠動脈バイパス術(2枝)が実施された。人工心肺時間は234分、心停止時間は147分であった。
 大動脈弁および上行大動脈の石灰化が高度で、大動脈切開部および冠状動脈バイパス中枢側吻合部の止血が困難であったことと、循環動態不良のため心膜閉鎖が困難であったことから、手術時間は9時間54分を要した。
 術後は挿管したままでICU入室となり、血圧・中心静脈圧(CVP)ともに低いため、大量の輸血を行ったが、血圧・中心静脈圧ともに上昇が認められなかった。
 その一方で腹部緊満が顕著となったため、CT検査を実施した。また、エコー検査では残存大動脈瘤に破裂所見はなかったが、腹腔内は腹水が著名で、肝前面には血性を疑わせる、高エコー(high echoic space)域を認めた。そこで緊急試験開腹術が実施されたところ、腹腔内に血性腹水を認め、肝内側区域に約2㎝の裂傷を認めた。
 その部位には、挿入物や留置物は認められなかったが、その近くで横隔膜を貫くドレーンとペーシングリードがあったため、どちらかあるいは両者を挿入しようとした際に肝損傷を引き起こしたものと考えられた。
 ただちに肝損傷部位が修復され止血を確認の上、閉腹したことを患者・家族に説明した。その後はリハビリも進まず、誤嚥性肺炎・肺結核を発症した。手術から約5カ月後に呼吸器科へ転科したが、さらにその約1カ月後に転院となった。
 患者側は弁護士を立てて示談を申し入れてきたが、話し合いがつかず、訴訟に至った。
 医療機関側としては、肝損傷は手術時のものと推測するが、手術手技上の過誤の有無については判断がつかなかった。
 なお、患者の素因としては、横隔膜が薄かったことと慢性肝炎をあげた。事故による入院の延長は認められず、歩行がやや困難となり、そのADLの低下は認められたが、事故によるものかどうかは不明とのことであった。
 紛争発生から解決まで約4年10カ月間要した。

〈問題点〉
 診断・適応判断・術前の説明内容・事後処置には問題は認められなかったが、医療機関側の主張通り、手術と肝損傷の因果関係はあり、ペーシングワイヤーによる肝損傷は、不可抗力ではなく手技上に過誤があった可能性があると指摘されていた。医療機関は事故に関わる患者の素因を挙げたが、免責にはされない可能性もあった。
 しかしながら、裁判が進む中で、医療機関側に有利な意見書が出たことから、患者側の主張は退けられた。
〈結果〉
 提訴されたが、訴訟は医療機関側の勝訴に終わった。

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